社宅ラプソディ


「わたしもさ、まさかと思ったよ。だってさ、こう言っちゃなんだけど、小泉課長ってあの顔だよ。

頭は薄い、背は高いかもしれないけど、イケメンにはほど遠いからね」


「どうして浮気だとわかったんですか」


五月がもっともな質問をした。


「帰りが遅いのはいつものことだけど、帰ってきた旦那さんから、せっけんの香りがするようになったって。

いつもは汗と脂で肌が光ってるのに、さっぱりした顔で帰ってくる日があるから、おかしいと思ったんだって」


「よく見てますね」


明日香も思わず口をはさんだ。


「京子さん、誰にも相談できなかったんだと思う。私に打ち明けてからいろいろ言ってくるようになって、それから相談に乗ったのよ」


小泉課長が本当に仕事で遅いのか、そうでないのか、確かめようと言い出したのは美浜だった。

残業手当のない課長の給料明細から、残業時間を確認することはできないため聞き込みをした。

社宅には小泉課長と同じ課の社員も多い。

その妻たちに夫の仕事の予定を聞き出して、小泉課長の帰宅時刻と会社での残業実態を突き合せた。


「そしたら、残業がない日も帰りが遅いのがわかってきたの。その日を注意していたら、せっけんの匂いの日に重なった」


明日香と五月はそろって 「うわぁ……」 と悲鳴を上げた。


「相手もわかった。クラブの女の子だった。『Club Alice』、会社が大事なお客さんを連れて行く店だって」


「えっ、クラブアリスですか。私、知ってます。グリさんがハロウィンのチョコレートをもらってきた店です。ママの名前がアリスだって」


「そうそう、そのクラブ。中州の高級クラブだってね。まぁ、今は小泉課長は出入り禁止だろうけどね」


聞き込みで集めた情報をもとに小泉京子が夫を問い詰めると、夫は素直に浮気を認めた。


「グッチさんと美浜さんで、相手のところに乗り込んだ、とか」


「うぅん、向こうから謝りに来た」


「グッチさんに乗り込まれて醜態をさらすより、謝ったほうがいいと思ったから先手を打ったんですか」


「明日香ちゃん、おしい!」


明るくそう言うと、美浜は冷たくなったコーヒーを一口飲んだ。


「その子、なんて名前だったかな……マリン、そうそう、マリンだった。

マリンの相手はほかにもいたの。その相手がウチの会社の部長でさ、旦那の浮気を知った部長の奥さんが、『Club Alice』 に行ってママに訴えたんだって。

ここのクラブに夫を誘惑した女がいるって、怒鳴り込んだらしいよ。すごいね」


マリンは自分の得意客に頼まれて、『小早川製作所』 の情報を探っていた。

部長を口説いたがうまくいかず、小泉課長に乗り換えた。

誘いに乗った小泉課長はマリンと親しくなり、深い関係になったのだった。

部長夫人からマリンの素行を聞いたクラブのママは、『小早川製作所』 との関係が悪くなることを恐れて、工場長の元を訪れてすべてを打ち明けた。

そして、マリンを連れて小泉京子のもとにも謝りに行った。

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