社宅ラプソディ


「部長も小泉課長も、マリンに口説かれても会社の情報は漏らさなかった。

そこはさすがと褒めたいけど、女の子とそうなっちゃったのは許せないよね」


『Club Alice』 のオーナーママであるアリスは、『小早川製作所』 とマリンの得意客の会社を天秤にかけて、店にとって条件の良い方を選んだということである。

店側と小泉課長と部長をまじえた話し合いで示談が成立、マリンはクラブを解雇された。


「じゃぁ、小泉課長の醜態を会社は知ってるんですか」


「知ってるのはトップだけだと思うけど」


「あっ、その部長は、有栖川部長の前任者ですね」


よく気がついたね、さすが五月さんと美浜は手を叩いたが、五月は困ったように笑っている。

誘惑されて身を崩した管理職のために人事が動き、乙羽の夫の有栖川部長は福岡本社に異動になった。

思いがけず社宅にやってきた乙羽と親しくなれたのは嬉しいが、事情がわかったいま、明日香も複雑な思いである。

有栖川部長の前任者は、病気療養中だったが、回復の兆しが見えず退職したと言われていた。

けれど、責任を感じて退職したというのが本当だった。


「ほかに、社宅で知ってる人はいないんですか」


「京子さんが実家に帰ってるあいだ、センター早水さんが一棟の棟長を兼任して、留守宅の管理も頼まれてたみたいだから、もしかしたら何か知ってるかもね。

川森さんはわからない。棟長の旦那さんたちは課長だから何か聞いたかもしれないけど、知ってても言わないでしょう、ふたりとも賢いから」


小泉課長の浮気の噂は、社宅で知り合いの多い美浜の耳にも一切入ってこなかった。


「グッチさん、センター早水さんにお世話になったんですね。だから、グッチさんはセンターさんの肩を持つんですね」


「そうだと思うけど、見た目より仲がいいよ、あのふたり」


浮気騒動が落ち着いたあと、美浜は小泉京子と距離を置いている。

その後の小泉課長は、それまで以上に真面目な仕事人間になった。


「社宅の妻を侮ったら怖いよ。浮気も簡単にわかっちゃうんだから」


「それで、グッチはいつ出てくるんですか」


「ゴメン、ゴメン、明日香ちゃんが気になってること、まだ話してなかったね」


夫に浮気を認めさせた小泉京子は、浮気の代償としてブランドバッグを要求した。


「あれ、すっごく高いバッグだってね」


「そうです、20万円以上します」


「へぇ、すごいね。そのバッグに、通帳と印鑑と、生命保険の証書とか、小泉家の財産一式が入ってるんだよ。

今度浮気をしたら離婚だって京子さんは笑ってたけど、奥さんに全部握られてるから、旦那さんはなにもできないでしょう」


生命保険の受取、家の名義も小泉京子の名前になっているのだと美浜は語った。


「グッチ小泉さん、家を持ってるんですか」


「そうだよ。旦那さんの実家の近くに建てたけど、転勤でほとんど住んでないね。

雄君が中学生になるとき、京子さんと雄君は自宅に戻って、小泉課長はこっちに単身赴任の予定だったけど、雄君が福岡の中学校を受験するから引っ越しはやめたんだって。

旦那さんをひとりにしておけないと思ったんでしょう。いろんな意味で」


元気になったお姑さんが、京子さんたちの家の管理をしているそうだけどね、と言ったあと、美浜はニヤッと笑った。


「小泉課長の浮気、お姑さんにはバレたんだよね。来年から小泉課長の家族は、親の近くに住むはずだったのにできなくなった。

理由はなにかと聞かれて、母親に全部話したんだって。不器用だね、小泉課長も。黙ってればわからないのに、ほんと、真面目なんだか、そうじゃないんだか。

息子から話を聞いたお姑さんが、わざわざここまで来て、京子さんに、本当にすまなかったと頭を下げたそうだから。

嫁に介護してもらってる間に息子が浮気なんて、母親はどんな気がしただろうね」


この先、ずっと奥さんに頭があがらないよね、あんなふうにはなりたくないねと、美浜はそこで話を締めくくった。

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