密事 夫と秘書と、私
静かな水音が耳奥に響いている。

深夜0時前のプールサイドには、誰もいない。
孤独には慣れてしまった。

自宅マンションの高層階にあるプールで、私は1人泳いでいた。

ここは一面ガラス張りになっていて、煌めく夜景が一望できる。

——私は誰を待っているのだろう。

ゆらゆら……穏やかに揺れる水面に体を預け、天井を仰いでみる。脱力できる唯一の瞬間だ。


「疲れた……」


無意識に呟いていた。

疲れた?何に?
今日一日中何をしていた?
何もしていないじゃない。
そう、なーんにも。

夫は今日も帰ってこなかった。

私、小笠原(おがさわら)美咲(みさき)には夫がいる。大手IT企業のCEOをしていて、年齢は私より15も上。しかもバツイチ。

夫婦といってもほとんど形だけのもの。
親が勝手に相手を決めてきたから、婚姻届にサインをし、形式ばった結婚式を挙げた。まぁそういう感じの、夫婦。

夫が自宅に帰ってくるのは、月に5日もあれば良い方で、私はひたすら彼の帰りを待っているだけ。


コツコツ、コツコツ、
革靴の鳴る音が近づいてくる。

誰が来たのかはすぐに分かった。
プールサイドに革靴でやってくる人なんて、1人しかいない。
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