密事 夫と秘書と、私
「お話は後で伺いますから、そろそろ部屋にお戻り下さい」

「やだ」

「美咲様……」

「デートしたいなー。うんとロマンチックなところに行きたい」

困らせてやろうと思って言った。

「社長のスケジュールを確認します」

どうせ無理に決まっている。
スマホで何かを確認している素振りをみせるけれど、そんなのはただのポーズだって分かっている。

「瀬戸さんでもいいよ。どっか連れてってよ」

「……社長のスケジュールを調整しておきます」

どいつもこいつも、一体私を何だと思っているのだろう。

——どうして?

何度もあの人に問いかけた。
自分の存在意義が分からなくなくて、壊れてしまいそうで。
でも明確な答えをくれたことはない。


「ねぇねぇ」

私は先程より少しだけ真剣な眼差しで瀬戸さんを見上げ、言った。

「セックスがしたい」

こうしてたまに突拍子もない発言をしてしまうのは、夫の秘書の能面のような表情を崩してみたいという衝動にかられるから。
ただ、それだけ。

「社長にお伝えしておきます」

「あーあ、つまんない」

目論見が外れてがっかりする。
メガネ目掛けて水をパシャリとかけてみるも、彼は眉ひとつ動かさずにハンカチで水滴を拭うだけだ。

この男に八つ当たりしたって仕方ないのにね。

「早く上がってきてください。温かいお茶を淹れますから」

ほんと、つまんない。
< 4 / 13 >

この作品をシェア

pagetop