1分後、君に溺れる
3話 1分後、君に安らぐ
〇 倉庫(夜)
上裸になった理輝がつばめに近づいてくる。
つばめ「え、あの……ちょっと待って……」
理輝「嫌がってる場合じゃねえだろ」
つばめ(この展開は、もしやあの、雪山とかで見る……一緒に人肌で温まろう的な……⁉)
どんどんつばめに詰め寄る理輝。
理輝「嫌でもいいから、我慢しろ」
理輝の手が、つばめの顔をかすめ――
つばめ「——————っ」
その瞬間、理輝がまとっていたタオルが、つばめの首にかけられる。
つばめ「え……?」
理輝「リンパあっためんだよ、こういう時は」
つばめ「……リンパ」
理輝「俺が使ったやつで悪いけど。もうそれしかねえから、マフラーみたいにしっかり巻いとけ」
つばめ「う、うん」
理輝はタオルを渡すと、またつばめから離れて座る。
つばめ(だからいつもややこしいんだって言動が!)
つばめ、心を落ち着かせて。
つばめ「あの、ありがとう」
理輝「言っとくけど。こんな状況で襲ったりすんのは、マジでねえからな」
つばめ「……何それ」
理輝「何もしねえから安心しろっつってんだよ」
つばめ「……」
ふっと笑ってしまう。
つばめ(この人って、もしかしてかなり誤解されやすいタイプ……?)
理輝、つばめが笑っていることに気付き、
理輝「何がおもしろいんだよ」
つばめ「……星山くんっていい人なんだ」
理輝「は?」
つばめ「怖いし、大きいし、なんか恐ろしいって思ってたけど。ちゃんと話すと普通っていうか」
理輝「……悪かったな。つーか、お前もな」
つばめ「私も?」
理輝「第一印象が気味悪かっただけで。意外と普通」
つばめ「星山くんに言われたく……」
理輝「理輝でいいよ」
つばめ「……理輝? 呼び捨て?」
理輝「めんどくせーじゃん。俺も、つばめでいいな?」
つばめ「……う、うん」
あまりにさらっと言う理輝に、照れる暇もないつばめ。
理輝「それより俺、どうしてもお前のカラダが気になるんだけど」
つばめ「……」
理輝「さっきも、海の中で。俺が触れたら、お前、意識失うくらいの衝撃があったんだろ。それって、アレルギーどころじゃねえじゃん。マジで大丈夫なわけ」
おもわず目をそらし、うつむく。
理輝「……?」
つばめ「……詳しくは、言えないんだけど」
理輝「……」
つばめ「うちに代々伝わる力で……。誰かに触れると……その、ある力が、出ちゃって」
理輝「力」
つばめ「(うなずく)」
理輝「それは……大丈夫なやつなの」
つばめ「まあ力って言っても、なんか……自分の命が減るとか、そういうマイナスな要素はあまりなくて。何て言うんだろ、人助けができる的なやつで」
理輝「へえ、便利」
つばめ「でも便利かっていうと……触れると強制的にその力が執行されるから、普段から避けなくちゃいけなくて」
理輝「じゃ、何も触れねえじゃん」
つばめ「うん」
理輝「え、超不便じゃね?」
つばめ「別に。昔から、そうだったから。そのせいで、行動が誤解されがちっていうのはあるけど」
理輝「……んー……」
考えこむ理輝。
つばめ「?」
理輝「そしたらさ。お前、自分は誰からも助けてもらわねえくせに、人助けばっかやってんの?」
つばめ「え?」
理輝「さっきも溺れそうになってたし、この間の俺のことも、体はって止めようとしてたじゃん」
つばめ「……まあそうなる……の、かな」
理輝「それ何の得もねえじゃん」
つばめ「……」
気まずそうに目をそらす。
つばめ(だって……危険だってわかってるのに、目の前で無視することなんて……)
理輝「……」
つばめ「……」
理輝「わかった。とりあえず今度何かあったら俺に言え」
つばめ「え?」
理輝「よくわかんねえけど、お前の事情知ってる奴、いねえんだろ」
つばめ「親族以外は」
理輝「だったら、俺が助けてやる」
つばめ「……理輝が? 何で」
理輝「馬鹿か。目の前で困ってる奴、無視できねえだろ」
つばめ「……」
つばめ(何なのこの人……)
理輝を見つめてしまうつばめ。
つばめ(助けてやる、って何)
(何で私に、そんなこと)
(いつも助ける側だったのに)
(初めて、言われた……)
つばめ、胸があたたかくなるのを感じる。
ふと、理輝がくしゃみをする。
寒そうに、息を手に吹きかける理輝。
理輝「寒。つか、お前大丈夫か」
つばめ、自分にばかりタオルがかけられていることに気付く。
つばめ「ごめん! 私、温まったから、これ返す(と、首に巻いたタオルを取ろうとする)」
理輝「今さらカッコ悪いだろ。いらねえわ」
つばめ「カッコ悪いもかっこいいもないでしょ、こんな状況で」
理輝「うっせえな、いらねえっつってんじゃん」
つばめ「だけど」
理輝「ほっとけよ、女子にそういうのさせらんねえっつうの」
つばめ「……女子とか、そんなの」
つばめ、理輝との距離を詰める。
つばめ(この人は、悪い人じゃない)
理輝の真横にくると、おもむろに、理輝の首もとに吐息を漏らす。
理輝「ちょ、お前⁉」
つばめ「女子だからとか男子だからとか、古いって言ってんの」
理輝「は⁉」
つばめ「タオル、羽織らないなら。こういうのでも、ないよりマシでしょ」
つばめ、壁ドンのようにしながら、理輝に触れるのを避けつつ、
はあーっ、と理輝の首すじや脇に、自分の吐息を漏らしていく。
理輝「……⁉」
つばめ「じっとして」
理輝「お前、どういうつもりで……っ」
つばめを押し返そうと手を出すが、触れられないことに気付き、逃げ場のない理輝。
つばめ「リンパを温めればいいんでしょ」
理輝「いや、そうだけどお前……!」
つばめ「私のせいで風邪ひかれるのは嫌だから」
理輝「だからって」
つばめ「ちょっと気持ち悪いと思うけど、お節介だと思って我慢して」
理輝「……っ」
つばめの吐息が体を這い、苦しそうに体をねじらせる理輝。
首や脇、耳の下あたりを、何度もつばめの吐息がいったりきたりする。
理輝「……っ」
つばめ「……動かないで」
必死なつばめと、直視できない理輝。
つばめの髪と吐息が体にかかり、声が出そうになる理輝。
理輝「……つか、もう無理……!」
理輝、つばめに触れないよう、背を向ける。
つばめ「あ、ちょっと!」
理輝「……」
つばめ「……背中ってリンパあるの?」
理輝「知らんっ! いいから、とにかく前はやめろ!」
つばめ「……?」
つばめ、理輝の背中に温めた吐息を漏らしていく。
つばめ(大きな背中……)
× × ×
〇(フラッシュ)
理輝「これから何かあったら俺に言え」
理輝「助けてやる」
× × ×
つばめ(この人、怖そうに見えるだけで。全然、怖くない)
つばめ、照れたような理輝の顔を後ろから見つめ
つばめ(いい人なんだな……)
理輝の背に吐息を漏らし続けるつばめ。
ふと、外でカチャカチャという音が聞こえる。
理輝、反射的に立ち上がって
理輝「……開けてください! 閉じこめられてます!」
ドアを叩く。
警備員(声)「おお、ちょっと待てよ! 今開けるからな!」
理輝「!」
すると間もなく、ドアが開き。
警備員「大丈夫か、君たち!」
懐中電灯を持った警備員が倉庫に入ってくる。
理輝「助かった……」
心底ほっとした顔の理輝を見て、おもわず笑ってしまうつばめ。
つばめ「その顔……」
理輝「何だよ」
つばめ「余裕そうだったのに、やっぱり不安だったんだ」
理輝「ちげーわ!」
つばめ、警備員に毛布をもらう。
理輝ももらった毛布で体をくるみながら、警備員に笑顔を向けるつばめを見つめ。
理輝「……誰のせいだと思ってんだ……」
〇 東高校・外観(朝)
登校する生徒たち。
〇 同・玄関~廊下(朝)
靴を上履きに履き替えている理輝。
そこにつばめがやってくる。
つばめ「あ……」
理輝「うす」
つばめ「……うす」
少し気まずい2人。
つばめ「風邪とか、引いてないですか」
理輝「おかげさまで、ぴんぴんしてる」
つばめ「……さすが」
と、その瞬間、つばめが転びそうになる。
理輝「おっと」
理輝、慌ててつばめのリュックを引っ張る。
つばめ「……ありがと」
理輝「ん」
顔を見合わせ、おもわず照れてしまう2人。
廊下を歩きながら、
つばめ「そういえば、また今度、美容院行ってもいい?」
理輝「あー、そういやまだ切ってなかったな」
つばめ「触ってほしくないっていうのが、なかなか説明できなくて」
理輝「確かに。美容院だと逃げらんねえよな」
つばめ「うん」
理輝「じゃ、俺が切ってやるよ」
つばめ「理輝が⁉」
理輝「ただ、今10人待ちだから。急には無理だけど」
つばめ「え?」
理輝「言っただろ、この間。いま予約入れてくれても来月になるって」
つばめ「あ……」
× × ×
〇 (フラッシュ)
理輝「悪いけど今、10人待ちだから。今日予約したら、だいたい来月には回ってくるけど。どうする?」
× × ×
つばめ「あれって、そういう意味だったの⁉」
理輝「は? ほかにどんな意味があんだよ」
つばめ「放課後、女子と2人でヤることっていうのも?」
理輝「だからー、練習台に、タダで切らしてもらってんの」
つばめ「……私が言えることじゃないけど、理輝一回、みんなの誤解といたほうがいいと思うよ……」
理輝「は?」
なんとなくほっとしてしまうつばめ。
と、廊下を歩いていると、突然、龍崎恭哉(16)が後ろから駆け寄ってくる。
恭哉「おーい、つばめーー!」
振り向くつばめ、驚く。
つばめ「きょ、恭哉⁉」
恭哉「おっはよー!」
恭哉が、廊下から走ってきて、そのままの勢いでつばめに抱きつく。
驚く理輝。
理輝「え……何で……? 触れてんのに?」
恭哉、にっこり笑って。
恭哉「それは。俺とつばめちゃんが想い合ってるからでーす!」
理輝「⁉」