あの道を、貴方と。
時々下の音を聞きながら進むこと五分。多分将軍が日常を過ごす御座之間についた、と思う。
(さぁて、ここがあたりかな〜?)
そっと床に耳をつける。耳を澄ますと微かに誰かが話している声が聞こえるけど、本当に小声で話しているみたいで、うまく聞き取れない。
(うぅ、こうなったら・・・)
わたしはさっきナイフをだしたのとは反対側の手甲から『聞き筒』っていう金属の輪っかを取り出す。
(これ、使うの久しぶりだな・・・)
大切な情報は何回も言われることは少ない。だからわたしたち忍者はどんな小さな声も聞き逃さいために色んな訓練をする。だからよっぽどのことがない限り『聞き筒』を使うことはないけど、さすが忍者。そこらへんも考慮してでのこの小声。
(なんの会話してるんだろ・・・?)
わたしは音を立てないようにそっと聞き筒を床につける。するとさっきまで所々しか聞こえてなかった声がしっかり聞こえるようになった。
(よし!じゃあ、盗聴開始〜!)
「ふむ。ならは、祖父が使った手立てはいかがでで?」
「鳴呼、あれか。其方、何時のまに継いどったか?」
「ほんの二月ほど前・・・だったと思うが」
(・・・ふむふむ。この忍者さんは五代将軍、徳川綱吉直属の部下ってとこかな。祖父っていうのも双方で理解しているから代々直属で使えてるっぽい・・・『いつの間に継いでいた』?何かの書物か何かかな?ううん、それを使って何かをするから・・・)
頭の中で色んな仮説が浮かんでは消える。でもまだ、これ!っていう確証が見つからない。
「だが、あれももう四十六だろ?無理があるのでは?」
「最後に奥州へ行きたい、という願望は前々から流している為、周囲の人も比較的簡単に信じると」
(ん?もう四十六?最後に奥州?え?)
この人が四十六歳ってことはない。すれ違った時に少し見た体つきを見たらまだ十代か、二十代のはず。ってことは、さっきの『あれ』が四十六ってことになるよね。そんでもって『奥州へ行きたい』っていうセリフを組み合わせると・・・
(うそでしょ・・・)
頭の中に浮かんだ仮説に思わず頭を振る。でも、この仮説しかありえない。そうすれば全て筋が通る。
(・・・『あれ』って、松尾芭蕉のこと、だ)
間違いない。芭蕉が旅を始めたのは四十六歳の頃だし、彼が残した『奥の細道』では彼が奥州へいく随分前から行きたいと考えていたって書いてたったはず。
(つまり、つまり、松尾芭蕉って言うのがこの忍者が動き回れるための、隠れ蓑・・・)
初めて知る衝撃事実に開いた口が塞がらない。確かに芭蕉が忍者って説もあるっていうのは知ってるよ?でもそれが本当にそうだったとは・・・マジ、か。
「では、頼んだぞ。奥州の方は情報が入りにくい。頼りにしておるぞ」
「御意」
(・・・!なるほど。この人が奥州にいく目的は奥州に君臨する藩主が幕府に反逆を起こそうとしていないかの、確認・・・)
謎が解けてすっきししながら聞き筒を元の場所に戻そうと手甲に手を伸ばす。