あの道を、貴方と。
陸
「ど、どうした?顔を見た途端、急に叫んで」
オロオロと綱吉さんが言うのが耳の端で聞こえたけど、正直、それどころじゃない。
・・・だって、目の前にいる人にいる人に、見覚えありすぎだもん。
「な、中川さん・・・?」
そう。目の前にいたのは、タイムスリップしてきた時に一番最初にあった、中川新之助さんだった、んだけど。
「そう言うあなたは、松本、さん?」
「あ、はい。そうです」
「あれ?二人とも知り合い?でも、千夜ちゃんって・・・」
「あ、はい。昨日この時代に来たばっかりですけど、その時、着物を貸してくれたんです」
まさか、その中川さんが新だったとは。確かに最初に中川さんに会ったとき、歩き方がちょっと変だなぁ、とは思ったけど、まさか本当に忍者だったなんて、誰が想像する?
「そうなの?」
「はい。確かにこの女子に着物を貸しましたけど・・・千代ではなく、空だったような・・・?」
訝しげにわたしを見る。
「いや、急に[名前教えろ]って言われて素直に[松本空です]って言える訳ないじゃん。だからって『風雅』って答えたら答えたでいろいろめんどくさくなりそうだったから・・・仕方がなく親友の名前を使ったの!だからホントの名前は空」
「・・・あぁ、確かに初対面の忍者に素直に名前を教える忍者がいる訳ないか」
「でしょ⁉︎ってことで、できればこれからも千夜の名前を希望です」
「・・・千代ちゃんがそう言うならそうするけど、せっかくなら空って名前、使ったら?綺麗な名前だし。そらって、漢字でどう書くの?」
「普通に、お空の空、です」
「ならさ、旅するときの偽名でそら、って名前使おうよ!新、なんかいい案ある?」
「え?えっと・・・うーん・・・あ、これはどう?」
中川さ・・・新(もうなんか中川さんって言うのめんどくさいから新で統一しよう。うん)は急なむちゃぶりにもかかわらず真剣に考えていい案を思いついたみたいで、さっき暗号を書いていた紙の端っこに二文字の漢字を書く。
「これはどうでしょう?」
書いた文字を見る。
「ほぉ、曾良か。いいんじゃないか?千夜ちゃんはどう?」
「い、いいです、よ・・・」
(曾良って、芭蕉と一緒に旅してた、あの人でしょ?だいぶ歳食ってた坊主の。うわ、なんかヤダ・・・)
そう思ったけどいいと言ってしまった手前、断れない。ちょっとした絶望に浸っている間にも新と綱吉さんの会話は進む。
「出身は?」
「飛騨か、信濃か、甲斐のあたりはどうでしょう?」
「なら一番千夜ちゃんっぽい信濃」
「信濃・・・すぐ出てくる城が高島城ですし、そこの城下町の下桑原村出身にしましょ
う」
「そんな村があるの?それじゃあ、下桑原村の高野七兵衛の長男として生まれたことにしよう。幼名は?」
「与左衛門。これは譲りませんよ」
「それでいいよ。それじゃあ、その後、両親が亡くなって叔母の養子になるって言うの
は?」
「それ採用です!一回ここで名前変えましょうか。主人様、何かいい案は?」
「うーん・・・信濃で山、名前で野原は制覇してるから海に関連する名前にしよう」
「海・・・水とか、波とか、湖とか、ですか?」
「波がいいなぁ・・・あ、閃いた!岩波は?岩波正右衛門漢字は・・・これでどう?」
「正右衛門の正、庄屋の庄にしましょう。なんかそっちの方が縁起良さそうです」
「・・・確かに」
(えっと、わたし、何見せられてるの?)
どんどんできていく[曾良]と言う人物に開いた口が塞がらない。二人とも結構作るのにノリノリだし、できていく設定が確かに知ってる曾良の知識と一緒だから、止めれらい。
ってか、こんなさっさと一人の人物の設定考えられるのすごくない?二人とも、小説家の才能あるかも・・・
「松尾芭蕉の元に入門したのはいつにする?」
「早過ぎず、遅過ぎず・・・貞享元年はどうでしょう?」
「あー確かにそのぐらいがいいな」
「せっかくだしなんか芭蕉の一番弟子みたいな設定作りますか?」
「一番弟子じゃなくて、芭蕉の弟子の中で、特に優れた何人、って決めて、その中の一
人にしません?急に出てきた曾良に対する風当たりはできるだけ減らしておかないと」
「それなら、孔門十哲に倣って蕉門十哲はどうでしょう?」
「いいねぇ、でも、残りの九人すぐ選べるの?」
「はい。只、芭蕉自身が選ぶのではなく、それとなく流した方が得策かと」
「じゃあさ、この人ならいいかなぁ、って言う人の名前と経歴書いといてよ。めんのため、二十人ぐらい書いといて。奥州の旅が終わって、芭蕉の役目が終わったあたりに、いろんな組み合わせで江戸の版元に流しておくから」
「お願いします。あ、そうだ。旅の道中で会った人でいいなと思った人は随時伝えまあす。そうした方が信憑性が増すと思いますので」
え?あの結構有名な蕉門十哲って、こんなノリで決められてたの?マジ?あの、本による微妙な違い、あれわざとだったの⁉︎
「よーし、曾良の経歴とかはとりあえずこれで大丈夫。性格は千夜ちゃんの好きなようにしていいよ〜」
「は、はい!」
びっくりした。さっきまで綱吉さん、新と二人だけの世界だったから・・・やっとこの
いたたまれない空間から解放される・・・!
「それじゃあ、出発は明後日。それまでに旅の準備と細かい打ち合わせをしておいてね。さ、そろそろ昼食の時間で小姓達が来る。それじゃあ、頼んだよ」
「御意」
「御意・・・綱吉さん、色々ありがとうございました」
「いや、私は私にできることをしたまでだよ。いい成果、期待してるよ、曾良ちゃん?」
その言葉にわたしは無言で頷いて、新に続いて開けっぱなしの天井裏に移動した。
オロオロと綱吉さんが言うのが耳の端で聞こえたけど、正直、それどころじゃない。
・・・だって、目の前にいる人にいる人に、見覚えありすぎだもん。
「な、中川さん・・・?」
そう。目の前にいたのは、タイムスリップしてきた時に一番最初にあった、中川新之助さんだった、んだけど。
「そう言うあなたは、松本、さん?」
「あ、はい。そうです」
「あれ?二人とも知り合い?でも、千夜ちゃんって・・・」
「あ、はい。昨日この時代に来たばっかりですけど、その時、着物を貸してくれたんです」
まさか、その中川さんが新だったとは。確かに最初に中川さんに会ったとき、歩き方がちょっと変だなぁ、とは思ったけど、まさか本当に忍者だったなんて、誰が想像する?
「そうなの?」
「はい。確かにこの女子に着物を貸しましたけど・・・千代ではなく、空だったような・・・?」
訝しげにわたしを見る。
「いや、急に[名前教えろ]って言われて素直に[松本空です]って言える訳ないじゃん。だからって『風雅』って答えたら答えたでいろいろめんどくさくなりそうだったから・・・仕方がなく親友の名前を使ったの!だからホントの名前は空」
「・・・あぁ、確かに初対面の忍者に素直に名前を教える忍者がいる訳ないか」
「でしょ⁉︎ってことで、できればこれからも千夜の名前を希望です」
「・・・千代ちゃんがそう言うならそうするけど、せっかくなら空って名前、使ったら?綺麗な名前だし。そらって、漢字でどう書くの?」
「普通に、お空の空、です」
「ならさ、旅するときの偽名でそら、って名前使おうよ!新、なんかいい案ある?」
「え?えっと・・・うーん・・・あ、これはどう?」
中川さ・・・新(もうなんか中川さんって言うのめんどくさいから新で統一しよう。うん)は急なむちゃぶりにもかかわらず真剣に考えていい案を思いついたみたいで、さっき暗号を書いていた紙の端っこに二文字の漢字を書く。
「これはどうでしょう?」
書いた文字を見る。
「ほぉ、曾良か。いいんじゃないか?千夜ちゃんはどう?」
「い、いいです、よ・・・」
(曾良って、芭蕉と一緒に旅してた、あの人でしょ?だいぶ歳食ってた坊主の。うわ、なんかヤダ・・・)
そう思ったけどいいと言ってしまった手前、断れない。ちょっとした絶望に浸っている間にも新と綱吉さんの会話は進む。
「出身は?」
「飛騨か、信濃か、甲斐のあたりはどうでしょう?」
「なら一番千夜ちゃんっぽい信濃」
「信濃・・・すぐ出てくる城が高島城ですし、そこの城下町の下桑原村出身にしましょ
う」
「そんな村があるの?それじゃあ、下桑原村の高野七兵衛の長男として生まれたことにしよう。幼名は?」
「与左衛門。これは譲りませんよ」
「それでいいよ。それじゃあ、その後、両親が亡くなって叔母の養子になるって言うの
は?」
「それ採用です!一回ここで名前変えましょうか。主人様、何かいい案は?」
「うーん・・・信濃で山、名前で野原は制覇してるから海に関連する名前にしよう」
「海・・・水とか、波とか、湖とか、ですか?」
「波がいいなぁ・・・あ、閃いた!岩波は?岩波正右衛門漢字は・・・これでどう?」
「正右衛門の正、庄屋の庄にしましょう。なんかそっちの方が縁起良さそうです」
「・・・確かに」
(えっと、わたし、何見せられてるの?)
どんどんできていく[曾良]と言う人物に開いた口が塞がらない。二人とも結構作るのにノリノリだし、できていく設定が確かに知ってる曾良の知識と一緒だから、止めれらい。
ってか、こんなさっさと一人の人物の設定考えられるのすごくない?二人とも、小説家の才能あるかも・・・
「松尾芭蕉の元に入門したのはいつにする?」
「早過ぎず、遅過ぎず・・・貞享元年はどうでしょう?」
「あー確かにそのぐらいがいいな」
「せっかくだしなんか芭蕉の一番弟子みたいな設定作りますか?」
「一番弟子じゃなくて、芭蕉の弟子の中で、特に優れた何人、って決めて、その中の一
人にしません?急に出てきた曾良に対する風当たりはできるだけ減らしておかないと」
「それなら、孔門十哲に倣って蕉門十哲はどうでしょう?」
「いいねぇ、でも、残りの九人すぐ選べるの?」
「はい。只、芭蕉自身が選ぶのではなく、それとなく流した方が得策かと」
「じゃあさ、この人ならいいかなぁ、って言う人の名前と経歴書いといてよ。めんのため、二十人ぐらい書いといて。奥州の旅が終わって、芭蕉の役目が終わったあたりに、いろんな組み合わせで江戸の版元に流しておくから」
「お願いします。あ、そうだ。旅の道中で会った人でいいなと思った人は随時伝えまあす。そうした方が信憑性が増すと思いますので」
え?あの結構有名な蕉門十哲って、こんなノリで決められてたの?マジ?あの、本による微妙な違い、あれわざとだったの⁉︎
「よーし、曾良の経歴とかはとりあえずこれで大丈夫。性格は千夜ちゃんの好きなようにしていいよ〜」
「は、はい!」
びっくりした。さっきまで綱吉さん、新と二人だけの世界だったから・・・やっとこの
いたたまれない空間から解放される・・・!
「それじゃあ、出発は明後日。それまでに旅の準備と細かい打ち合わせをしておいてね。さ、そろそろ昼食の時間で小姓達が来る。それじゃあ、頼んだよ」
「御意」
「御意・・・綱吉さん、色々ありがとうございました」
「いや、私は私にできることをしたまでだよ。いい成果、期待してるよ、曾良ちゃん?」
その言葉にわたしは無言で頷いて、新に続いて開けっぱなしの天井裏に移動した。