あの道を、貴方と。
日が沈み、ボォっと家老宅に松明が灯される。ゆらゆらと揺れる松明の火を横目で見つつ、スマホで時間を確認。
(後・・・一分)
スマホの充電を切ってさっき置いた忍器のそばに転がす。残り三十秒。
顎まで下げいていた頭巾をたくし上げて、帯を結び直す。残り二十秒。
大きく深呼吸をして九字護身法。呪文を唱え、印を切る。残り十秒。
登っていた木から降りて、両手両足で四つん這いになる。残り五秒。
四、三、二、一、
ゼロ!
グッと足に力を込めて手の指先とつま先だけで走り出す。『狐走り』という、音を立てずに走ることのできる走り方だ。
わたしはそのまま闇に溶け込みながら監視の眼を掻い潜って塀を飛び越える。
塀の高さは大体四メートルほど。普通の忍者なら少し苦労するかもしれないけどわたしにとっても、新にとっても簡単に飛び越えられる高さだ。
(うーん、ここなら目立たないかね?)
手頃なところを探したわたしが背負い袋から取り出したのはスコップ。うん。あのスコップ。そのままわたしはスコップを高く振り上げて地面に振り下ろした。
トスッ、トスッと出来るだけ音を殺してひたすら掘る。掘る。掘る。
五分ほど真下に掘ったら少しずつ屋敷の方へ掘る方向を変えていく。しばらく掘っているとトン、とスコップが壁に当たるのが感じた。
(うわ、ここまで『忍び返し』あるじゃん。もうちょっと下まで掘らないと)
『忍び返し』とは名前通り忍者が忍び込まないように地面に埋まっている壁のこと。忍者に侵入されやすい武家屋敷には必ずと言っていいほどあった・・・そう。(本でしか読んだことないもん)
少し掘って、『忍び返し』があるか確認して・・・という作業を三、四回ほど繰り返したらやっと壁の硬い感覚がなくなった。やっと『忍び返し』の下に到達したみたい。
(予定よりもちょっと遅れてる・・・急がないと)
さっきよりも少しスピードを上げて次はそこから横に掘っていく。ちょうど梅雨の季節だからか、土が柔らかい。それが幸いして比較的早く目的の長さまで掘ることができた。
(後は上に掘っていって・・・よし、床下だ〜!侵入完了!)
『穴蜘蛛地蜘蛛』と呼ばれるこの侵入方法。わたしはスコップで掘り進めたけど新はそんな便利なものは持ってないから等躬宅からお借りした農具で掘っているだろう。重労働だけど、頑張ってほしい。
(とりあえず侵入はできたからとりあえず床下から出ないと・・・あ、ここなら・・・!)
手頃な床を見つけたわたしは足の脛にあるポケットから十徳ナイフを取り出す。はい、ここでも文明大活躍ですよ。
ちなみに新は『しこり』っていう携帯ノコギリを使っていることだろう。見たまえ新。これが文明というものだ。
一人で勝手に新に対してマウントを取りながら十徳ナイフでわたしが通れるぐらいの大きさの穴を作っていく。
めったに木を切ることなんてないからちょっと苦戦しつつも無事通れるぐらいの大きさの穴を作ってそっと頭を出す。
(・・・誰もいないね)
わたしは誰もいないうちに、手早く床から這い出る。床はどうせ脱出する時も使うだろうからそのまま。
(後は・・・)
最後に背負い袋のと背中の間に背負っていた『忍び刀』を取り出す。普通の刀に比べて短いこの刀は持ち運びがしやすく、下げ緒っていう刀の鞘についている紐が長いため、普通の刀の使い方以外にも色々活用できるのが最大の特徴だ。
わたしは取り出した『忍び刀』の鞘を刀身の三、四センチぐらいのところに引っ掛ける。下げ緒の端を口に含んで鞘が落ちないようにしたら『座探しの術』と呼ばれる、暗闇の中で敵や障害物を探ることができる『見敵術』の完成!
足音をできるだけ消しながらゆっくり鞘を左右に動かす。右に動かした時は特に何もなかったが左に振った時、何かに当たる感覚がした。
(こっちは壁か。なら右に曲がりますか)
そんな調子で屋敷の中を探索していく。わたしと新の見立てだと証拠の手紙があるのはここの主人、つまり家老のそれぞれの自室にあると睨んでいる。
もちろん、そこ以外にも何箇所が候補があるが、とりあえずそこを大優先にする、と決めている。ってことでとりあえず屋敷の中心部に向かっているのだ。
(・・・!)
鞘に壁以外の感触が当たる。わたしは素早く袂に仕込んでおいた『苦無』を取り出して相手の腕と思われる所に投げる。
「ガッ、っ・・・」
相手の腕に『苦無』が刺さった瞬間、口に含んでいた下げ緒を吐き出して刀の柄を握っていた右手で刀が落ちないように重心を安定させて、残った左手を相手の首の側面に叩き込む。俗にいう、『手刀』ってやつ。
ただ、失敗すると相手が死んじゃったり、四肢が麻痺しちゃうかもしれないから、使い所は気をつけないと、ね?
ちなみに、わたしは人は殺したくないから任務中にこんな感じで襲撃があったら基本気絶させてその場にあるハンカチとかタオルで猿轡噛ませて放置。
怪我も最低限させたくない。まぁ、新は普通に殺せるだろうけどね。別に止めないよ?この時代にはこの時代の事情とか、ルールとかがあるんだろうし。
とりあえず気絶させた相手に猿轡を噛ませて目の前にあった部屋にぶっ込んどいた。部屋の中だったら目が覚めても仲間に発見しにくいだろうしね。