ラブレターは紙ひこうき

第三話

〇自宅・陽茉莉の部屋(朝)

昨日の会長の照れた表情を思い出しながら、紙ひこうきをかばんに入れる陽茉莉。

〇学校・下駄箱

靴を履き替え、教室に行こうとするとちょうど会長が現れる。
昨日のように少し遠巻きに2年生が、近くには3年生が輪をつくっている。
会長はすました顔であいさつだけ返し、ぱっと陽茉莉と目が合う。
その瞬間、会長が表情を少し崩した。
そしてあからさまに陽茉莉に背を向けて歩き出す。
自分しか知らない会長の秘密に、陽茉莉はどこか優越感を覚える。

〇学校・教室

先生②「みんな、おはよう。今日はちょっと、文化祭実行委員から話があるから、聞いてくれるかな。秋葉、楠、頼むな」

先生②が教卓から離れ、陽茉莉と沙夜が並んでそこに立つ。
沙夜が教卓に両手をついて、まるで先生のように話し始める。

沙夜「文化祭でなにやるかを決めたいと思います。まずは、大きく3つから選んでください」

沙夜の言葉に、陽茉莉はチョークをもって準備する。

沙夜「一つ目、体育館。これは体育館で催しをするってことで、例えば劇とか、合唱とかかな」

陽茉莉は黒板に縦で『①体育館』と書く。
教室内が少しざわつく。

沙夜「二つ目は、出店。これはもうそのまま、屋台みたいなものでもいいし、喫茶店みたいなものでも」

陽茉莉、続いて『②出店』と書く。
えーすごい、楽しそうという声が聞こえてくる。

沙夜「三つ目は、教室。これは教室を使って、例えばお化け屋敷とか、迷路とか、それこそ展示とか。なにかを調べるでもいいし、クラスでひとつのテーマを決めて、みんなでそれを教室全部使って表現するみたいな」

続けて黒板に『③教室』の文字が並ぶ。
教室全体が少し騒がしくなる。

沙夜「全クラスから希望を聞いて、それを元に割り振っていくみたいなんだけど、もちろん3年生が第一優先だから、もしかしたらうちらは希望のものができないかもしれないけど」

沙夜の言葉に落胆の声が聞こえる。

沙夜「でも、今回がうまくいけば来年も同じようなことができるかもしれないからって会長が。とにかく、会長としては前向きに文化祭に取り組んでほしいって」

昨日もらったプリントにそう書かれていたことを思い出す陽茉莉。

沙夜「とりあえず、どれが一番やりたいか、聞かせてほしくて……あ、なんか質問ある?」

あるひとりの女生徒が手を挙げる。
クラスでも目立つ方の女生徒だ。

生徒⑤「やりたいものって言っても、限度はあるでしょ?」
沙夜「そうだね。一クラスに文化祭費用が渡されるんだけど、それでできる範囲にはなるね」
生徒⑤「それってどれになっても難しくない?」

女生徒の周りもそれにうなずく。

沙夜「そんなことないよ!ちなみに、なにがやりたいの?」

女生徒は周りの友達と顔を見合わせながら言う。

生徒⑤「文化祭って言ったら、やっぱり出店とかやりたいよねー、かわいい服も着たいし」
沙夜「だったら、みんなや家族が着なくなった服を持ち寄ってリメイクしてかわいいエプロン作るとか、紙コップをかわいくデコるとか、男女の服を交換して着るのもいいんじゃないかな」

沙夜の提案に、教室中から驚きの声が上がる。
そして友達同士あれこれと話し始める。

沙夜「もちろん、他のものになってもやりようはあると思うよ」

沙夜の姿を見ながら、陽茉莉は沙夜が文化祭実行委員でよかったと思った。

沙夜「じゃあ、どれかに手を挙げてもらっていいかな。その多い順で提出するから」

そうして、うちのクラスは第一希望が出店、第二希望が体育館、第三希望が教室となった。
それをプリントに書き、先生②に提出する。
先生②は笑顔でそれを受け取り、陽茉莉と沙夜は席に着いた。

〇学校・図書室(放課後)

図書室に入る陽茉莉。
本を読んでいる先生①と目があい、笑顔で会釈する。
新刊の置いてある棚にまっすぐ向かい、また窓際の席に座る。

先生①「楠さん」

先生①に肩をたたかれ、我に返る。
先生①は黙ったまま時計の方を指さす。

陽茉莉「わっ、もうこんな時間」

陽茉莉は紐しおりを挟み、本を閉じる。

陽茉莉「これ、借りていってもいいですか?」
先生①「えぇ、もちろん」

本を借りる手続きを済ませ、陽茉莉は本をかばんにしまおうとする。
そこで朝入れてきた紙ひこうきが目に入る。

陽茉莉(そういえば、会長と会う機会ないから、渡せないよなぁ)

紙ひこうきがよれないように気をつけながら、本をしまう。
先生①とあいさつを交わし、図書室を出る陽茉莉。

〇学校・下駄箱

靴を履き替えて校庭へ出ようとすると、昇降口のところに会長が立っている。

夏蓮「今日も遅いんだな」
陽茉莉「会長?なんでここに」
夏蓮「なぜって、あれを返してもらおうと思って」

会長が照れたように少し眉をひそめる。
紙ひこうきが絡むと表情を変える会長がおもしろくて、陽茉莉は少しいじわるする。

陽茉莉「会長の好きな人って、どんな人なんですか?」
夏蓮「きみには関係ないだろう」

少し感情的になる会長に、陽茉莉は少しむっとする。

陽茉莉「少しくらいいいじゃないですか。どうせあたしの知らない人なんでしょうし」

単純に、堅物で真面目な会長が好きになる人はどんな人なんだろうかというただの興味本位だった。

夏蓮「そ、れは……」

会長がめずらしく口ごもる。
陽茉莉はわくわくしながら会長の言葉を待つ。

夏蓮「……な人だよ」
陽茉莉「え?なんて言いました?」
夏蓮「月みたいな人だ、って言ったんだよ」

会長の言葉に、陽茉莉は思わず首を傾げてしまう。

陽茉莉「え、太陽じゃなくてですか?」
夏蓮「地球から、月の裏側は見えないからな」
陽茉莉「ん?」

会長の言葉の意味がわからず、陽茉莉の頭にははてながたくさん浮かんでいる。
その顔を見て、会長は少し笑った。

夏蓮「ははっ。きみにはわからんだろうな」

会長の笑った顔に、陽茉莉は思わずドキッとしてしまう。

陽茉莉「え、会長、今笑いました?初めて見たー」

会長は素早く右手で顔の下半分を隠す。
そして会長はすっと左手を差し出した。
なんのことだろうと陽茉莉がリアクションせずにいると、会長がイライラしたように言った。

夏蓮「早く返してくれ」

会長のにらむような視線に、陽茉莉はなんだか悲しくなる。

陽茉莉(そっか、さっき笑ったのは好きな人を思い浮かべてたからだ)

陽茉莉は自分のかばんを見つめる。
かばんの中に、紙ひこうきは入っている。
だけど、それを渡してしまったら、もう会長と話す機会はなくなるだろう。
そう思うと、なぜだか急に寂しくなった。

陽茉莉「ごめんなさい、忘れてきちゃいました」

思わず陽茉莉は嘘をついてしまった。
会長は眉にしわを寄せながら言った。

夏蓮「なに?明日ならまた持ってきてくれるか」
陽茉莉「えっと……どこか引き出しにしまったと思うんですけど」
夏蓮「なくしたのか!?」
陽茉莉「いや、あるにはあるんですけど」

はっきりしない陽茉莉の返答に、会長はイライラを募らせているように見える。
だけど、陽茉莉は自分にも笑顔を見せてほしいと思ってしまっていた。

陽茉莉「ごめんんさい、ちゃんと探します。見つけてちゃんとお返ししますから」

陽茉莉はがばっと頭を下げた。
これ以上怖い顔の会長を見たくなかったから。
会長は小さく息をついた。

夏蓮「なるべく早くしてくれよ」

そう言って会長は帰っていった。
会長が遠ざかってから顔をあげた陽茉莉は、小さくなった会長の背中を見送った。

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