あなたの子ですよ ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~【短編版】
外に出れば火の粉が舞い、さらに熱風が吹き付けてくる。怒号が飛び交い、逃げ惑う人々。誰もが自分の命を守るのに精一杯だ。
レナートはぐるりと大きく周囲を見回した。まだ騎士の姿も魔術師の姿も見えない。自警団と思われる男たちが、逃げ道を誘導しているくらいである。
彼はすっと右手を空に向かって伸ばし、心の中で雨雲を呼ぶ。
ポツポツと雨粒が落ち始め、それがザァザァと音を立てて火の勢いを弱めるまでにはそう時間はかからなかった。
額に滲む汗で張りつく前髪を払って、レナートはその場を去る。
彼が呼び寄せた雨雲は燃え盛る炎の上にだけ集まり、その場所だけ雨を降らせている。
誰が見ても魔法の力によるものとわかる。さっさとこの場を去りたかった。
魔力はほとんどの人間が備えており、生活のために必要な魔法を使う。火を起こす、明かりを灯す、湯を温める。そういった魔法を生活魔法と呼ぶが、このような大きな魔法を使えるまで魔力を持っている人間は少ない。
特にこのイングラム国においては、魔法を使えるだけの魔力を持ち合わせている人間が非常に少ない。すなわち、魔術師と呼べるような存在が貴重なのだ。それでも、各所に一人くらいは配置されているはずなのだが。
――たすけて、たすけて。
レナートは宿に向けていた足を止めた。
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