引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~2
プロローグ 皇帝は妻に夢中です
 国花であるリリジアの花が、王都で見頃となったと発表され花見が解禁となった。
 その白い花は、昔、帝国から嫁いできた皇妃の母国が友好の証に贈ったものだ。
 優雅にしなだれた白い花弁はエンブリアナ皇国の王侯貴族の心を掴んだ。育て方が難しいが、国立花園の奥に増築された場所に植えられて大切に育てられ続けている。
 その花見解禁の式典に、皇妃――ことエレスティアも出席していた。
 入籍したので、皇帝と夫婦としての出席である。
 その揃った姿を近くから拝見できると国民たちはありがたがり、大勢の貴族がその式典への参列を求め、大賑わいとなった。
 クールな皇帝ジルヴェスト・ガイザーのそばで、皇妃は初々しい様子で頬を染めていた――と後日、新聞の一面見出しで書かれてしまう。

 だが、実際には彼はそんなことはなくて。
 エレスティアは内心、クールでいようと努め続けたのだとは……世間は知らないでいる。

 白いリリジアの花は満開で美しかった。皇帝により解禁宣言がなされると、大勢の貴族たちが花園を歩いて鑑賞を始める。
 とはいえ大半の国民の関心は、エレスティアに寄せられていた。
 一般入場の時を待ちわびている彼らは、待たされていることも忘れているみたいにエレスティアを感心して眺めていた。
「はーっ、なんと美しい皇妃様だろうか」
「あの冷酷な皇帝の氷をとかしたお方だろう? 確かに、なんとも愛らしいなぁ」
「お前ら、花を見ないと妻たちにどやされるぞ」
「そっち見てみろ。俺の妻も皇妃様に頬を赤くしているところだぞ」
「あたり前ですよっ、愛された皇妃なんてロマンチックなうえ、見てみなさいあの愛らしさっ。これまでの皇族とはまたガラッと違って素敵だわ」
「絵師たちが後ろですごい勢いでデッサンしてるな。でも、この絵画なら欲しい」
「王室公認の王家絵画シリーズか。俺も今注目してる」
 そんな話が聞こえ、エレスティアはかなり恥ずかしいはずなのだが、今はそれよりも――。
『そうだろう、そうだろうっ。俺の妻は世界で一番愛らしい。花ではなく〝俺の妻〟を愛でたい気持ちっ、俺はっ、よくわかる!』
 隣で夫が〝彼らに強く共感し、妻を大絶賛している〟ことが猛烈に恥ずかしかった。
 彼は声には出していない。皇帝らしく威厳ある態度で、涼しげに場を眺めている。しかしエレスティアは『俺の妻』と自慢げに連呼されているのを聞いて、赤面が冷めないでいた。
 そう、二人の真後ろにお座りした、この皇国で唯一黄金色の毛並みをした心獣のせいだ。
 心獣は他の魔法国家にはない、このエンブリアナ皇国の〝魔法師〟だけに見られる最大の特徴ともいえる。
 強い魔法師が生まれる際、その胸元から同時に生まれてくる獣だ。
 一般的には白い狼の姿をしている。魔法師が自身に収めきれない魔力を保管する貯蔵庫であり、魔力の持ち主を守る性質もあった。
 ――魔力そのものであり、魔法も効かないし命令も聞かない。
 生き物なのか、魔法師を守護する不思議な存在なのかは解明されていない。
 主人を守ることに徹し、主人以外には牙をむく恐ろしい存在。他国からはどんな魔法も効かない強敵という認識がされており、国内外で『守護獣』と呼ばれていた。
 皇帝が宮殿から出発すると共に、一心同体である彼の心獣もまた護衛のごとくそばについた。
 そして、皇帝皇妃のため特別に用意された台座の花見席に、その大きな体で窮屈そうに座ってじっとしているわけだが――。
『俺も花とセットになったエレスティアをじっと見つめていたいっ。永遠に見ていられる! しかし皇帝の俺が横を向いて座るわけにはいかないし……くっ……』
 無表情でいる彼の心獣の方から、ジルヴェストの心の声がダダ漏れしている。
 原因は不明だ。初夜の際、彼の心獣と額を触れ合わせて一度光ってからずっとこうである。
(心獣にそんな能力があるとも聞いたことがないし……)
 いったい、彼の心獣はどうなっているのか。
(ううん、そもそも私の方がおかしいのかしら)
 ――エレスティアは『古代王ゾルジア』の大魔法を持っていた。
 魔力が最弱だと思っていたら十七歳にして目覚めた〝遅咲き〟タイプで、最強の大隊長である父、ドーラン以上の魔力量を保有する可能性も持ってしまったようだ。
 といっても、目覚めたばかりの魔力は安定しておらず、測定不能なので断言されたわけではない。
 そもそも、魔法の強さや魔力量など、エレスティアの能力は規格外のものばかりだった。
 強い魔法師には心獣がおり、彼女も、魔力の目覚めと共に心獣も生まれたのだが――。
「ピィ、ピピッ」
 今、彼女の膝の上にいる黄金色の小鳥だ。
 白い花で埋め尽くされた視界が楽しいのか、先程から「ぴっぴっ」と言って体を左右に揺らしている。
 もっふもふのマシュマロのようなボディだ。心獣は本来、超大型の白狼のような姿をした最強の守りなのだが――。
 エレスティアが『ピィちゃん』と名付けたその心獣は、まったくの無害な姿である。
 狼の姿ではなく、しかも手のひらに乗るサイズの小鳥……と、これも皆を困惑させていた。
「あれが本当に強い魔法師の心獣なのだろうか?」
 心獣だと把握している者はそう言って首をひねっているし。
「皇妃は小鳥を飼われたのだろうか?」
 庶民の一部からは、そんな不思議そうな声も聞こえてくる。
 とはいえエレスティアは今のところ、自分の心獣への話題にはかまっていられない状況だ。
「まっ、より愛らしくていいではないか!」
「そうだよなぁ、小鳥まで懐いているとはなんて愛らし――いてっ」
「あんた! 新妻のあたしが隣にいながら、皇妃様にばっかりデレデレしちゃって!」
 そんなやり取りが聞こえると、隣にいるジルヴェストの心の中が、大変なことなる。
『わかるっ、わかるぞ! 俺のエレスティアの愛らしさは皇国一だからな! 俺もこのような愛らしい女性は初めてだ、とはいえここまで皆の視線を集めてしまうと、そろそろ焦れてきたな。この腕の中に、俺の愛しい妻を隠してしまいたい』
 エレスティアは密かに「ひぇ」と声を漏らした。
 身を固くしてすぐ、隣の彼がもったいぶった咳払いを一つする。
「エレスティア、そろそろ疲れてきただろう。どれ、私のところに寄りかかるといい」
 外での皇帝仕様で、彼が『私』と言ってそう提案してくる。
「で、ですが、アインス様も姿勢は崩さずに見るのが通例だと――」
「君の身に負担があってはいけないだろう」
 ジルヴェストが言いながら手を取る。エレスティアの肩を抱き寄せると「それに」と囁きを落とし、周りの声を聞くよう彼女に促す。
 顔をぐっと近づけてきた彼に、彼女はどっきんとして動きを止めてしまう。
 すると自分の速くなった心臓の音と同時に、周りの声もよく耳に入ってきた。
「おぉっ、皇妃様を気遣う慈悲深さ!」
「以前は見られなかったそのお姿の、なんと神々しいことか」
「寄り添うお二人が見られるのか!? 前に詰めろっ」
 民衆の期待の声が高まる。
 国民が望んでいるのなら仲むつまじい姿を見せるべきだ。〝前世では姫であり〟、今は皇妃の教育を受けているエレスティアもそれは理解できる。
 でも、逃げられない状況にそれとなく追い込むなんて、ずるい。
 真っ赤になりながら、彼の方へ身を寄り添わせた。
「は、はい、それでは……御身に、少し失礼いたします」
 するとジルヴェストが、待ちきれない様子で握った手を引き寄せ、彼女を片腕ですっぽりと抱きしめてしまった。
 同時に彼の香水にまで全身が包まれて、エレスティアは真っ赤になった。
 貴族たちも大注目してきて、場がどっと盛り上がる。
『ああ、ついこの腕の中に収めてしまった。愛らしい俺だけの皇妃――頭にキスをしたくなるな』
「ひぇ」
 直後エレスティアは、頭の上に柔らかな何かが押しつけられるのを感じた。
 彼の心の声を聞いているからこそ、それがキスなのだとすぐにわかった。それを聞かせている原因である彼の心獣は、二人の後ろでしれっと座ったままだ。
(な、なんでこの人、心の中だとたまに激甘になるの!?)
 そう思っている間にも、続けて頭にキスを落とされるのを感じて、エレスティアは耳まで熱くなった。
 周りは花なんて見向きもせず「おぉっ」と感嘆の声を上げる。
『花よりも愛らしい妻を、このまま愛で続けてしまいたいな。押し倒してキスだけでもしたいのだがさすがに――そうだ、休憩すると言って数分カーテンを引いてもらうのはどうだろう? ああ、しかし、キスだけでやめられるのかどうか』
 心獣から怒涛のように続いてきたジルヴェストの思考は、初心なエレスティアには刺激が強すぎた。
 彼女は、聞くまいと意識して心の中で叫びを上げた。
(あぁあぁ、早く終わってぇええっ)
 元引きこもり令嬢なのに、公衆の面前での赤面プレイは恥ずかしすぎた。
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