引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~2
皇妃になってからは、ゆっくり読書するにも時間制限ありきになっていた。
皇妃としての仕事は数える程度とはいえ、午前にも午後にも予定が入っているという状況に引きこもりだったエレスティアは忙しさを覚える。
その日の午後には、スケジュールの確認のため、側近の一人と共に宮殿の一室にいた。
「まったく新しい時代の皇妃ですよ。皆は今、あなた様をそう見ています」
彼女の公務のスケジュールや割り振りに関しては、皇帝の側近が担当してくれている。
後宮に皇帝以外の貴族男性が入ることは制限されているため、エレスティアは自室を出てきたのだ。
次のパーティーの参加者が確定したとのことで、彼は仕事の合間を縫ってエレスティアに教えに来たのだ。
「そんなことは……」
「いえ、興味津々なのは事実でございますよ。ただ、皇帝陛下が謁見の要望案なども棄却されておりますからね」
エレスティアは、貴族たちの説明のためパーティーの名簿を開く側近を前に、困ったように微笑むことしかできない。
ジルヴェストは大切にしてくれている。今のエレスティアにできる仕事をと考え、無理させないようにと周りに指示を出してくれていた。
(私がいったん引きこもったからかも……)
国境の魔獣追放の件で大注目を浴びることになってしまい、一挙に押し寄せた手紙や会いたいといった要望にパニックになって、エレスティアは後宮から出たがらなかった。
アインスがエレスティアを本で釣って宮殿へと引っ張り出したのも、後宮にアイリーシャが自身の取り巻きの令嬢を連れてきて交流を持たせたのもいい影響があったと思う。
そのあと魔法具研究局での訓練も再開できたし、皇妃としてまずはアイリーシャと令嬢たちとを連れて、女性たちの社交を手始めにスタートしたのだ。
「それでは、出席者についてお教えいたしますが、よろしいですかな?」
「はい。お願いいたします」
パーティーに同席するジルヴェストに迷惑をかけたくなくて、エレスティアはしっかりとうなずく。
彼に教えてもらう手間をかけさせないよう、こうして出席者の権力構図や関係を頭に入れるのは必要なことなのだ。
一刻もかからないうちに打ち合わせを終え、側近に礼を言って部屋を出た。
貴族たちも行き交う公共区の廊下に出ると視線が集まる。毎日スケジュールをこなしているおかげで、こうして打ち合わせしていくのも最近は慣れてきた気がする。
「魅力的な皇妃よね」
「あのようなお方が確かに必要だわ」
周りから聞こえてくる声は、以前の刺々しかった雰囲気はなく、好意的なものに変わってきている。それも少し彼女を救っていた。
アインスが抜刀しそうな眼差しにならなくて済むのも、精神的疲労感の軽減につながっている。
彼の話によると、勤勉という評価もじわじわと広がっているようだ。
勤勉といわれても、エレスティアにはあまり実感がない。
ただ、今も毎日、魔法具研究局で訓練を続けている。だからそれを評価している者たちもいるようだ。
(――いまだ、魔力は感じられないけれど)
それについては、焦る必要はないと顔を見に来た兄たちにも言われた。
魔力というのは、基本的に開花した幼少期から少年期までの間に、じっくり感覚を掴み操っていくものだ。
エレスティアは、魔力があったことについては父ドーランの子だったという証のようで嬉しかった。
そして戦闘魔法師団の師団長を務めている兄たちの妹だったのだと、証明されたようにも感じた。
でも、それだけだ。
今までだってなくても困らなかった。ないことがあたり前で、魔法も使えないからと納得して生きてきた。
だからエレスティア自身、魔力が感じられないことにも焦りは感じていない。
他にも魔法が使えるようになるかもしれないと、周りの者たちは勝手に盛り上がっているけれど。
心獣がドーランの火の鳥に似ていることから『父君と同じ系統の魔法を試してみましょうっ』と、魔法具研究局の支部長、カーターはワクワクしている。
「ふふ、――でも、そんなことあるのかしらね」
エレスティアは、どこからか飛んで戻ってきて肩に止まったピィちゃんの頭を、指でちょいちょいと撫でた。
安全な場所にいると感知すれば、気まぐれのようにどこかへいく。
そこは、ピィちゃんもやっぱり心獣なのだと感じられた。
(使えたら、とか、使ってみたいとか、そんな欲はないの)
不思議なことが起こったら楽しいでしょうね、そう思いながら魔法具研究局で基礎訓練と魔法呪文を試す日々だ。
心獣ができた。応援してくれる人たちも少なからずいて、今の国は平和で――それだけでエレスティアは満足なのだ。
「ピッ」
ピィちゃんが鳴いて廊下の横側の大窓を示した。そこからちょうど風も吹き込んできて、つられたように向こうの空を見たエレスティアは「あら」とつぶやいた。
宮殿の建物の上空に向かって、黒い影がよぎっていくのが少しだけ見えた。その形はエレスティアもよく知っているもので――鳥だ。
(まぁ、とても大きな鳥だわ……)
大きな鳥だと飛翔距離もあるし、いい天気に誘われて王都の近隣にある山から気持ちよく飛んできたのかもしれない。
あんなに大きな鳥を見られることもあまりない。素敵な気持ちになった。
「――教えてくれてありがとうね、ピィちゃん」
頭を指で撫でる。引きこもりだった頃には見られなかった光景だ。
ピィちゃんは、なぜかうーんと考え込むような顔だ。
「〝皇妃〟どうなされました?」
外向きの呼び方で、アインスが聞く。
「いえ、素敵な鳥がいたものですから」
「ほぉ。同じ鳥としては気になったんですかね」
アインスが顎を撫でると、ピィちゃんが彼の頭上へ飛んでいき、足蹴りを食らわせた。
そのあとエレスティアは、廊下で二人(?)の喧嘩を止めていたため、しばし周りの者たちから微笑ましい目で見守られることになったのだった。
皇妃としての仕事は数える程度とはいえ、午前にも午後にも予定が入っているという状況に引きこもりだったエレスティアは忙しさを覚える。
その日の午後には、スケジュールの確認のため、側近の一人と共に宮殿の一室にいた。
「まったく新しい時代の皇妃ですよ。皆は今、あなた様をそう見ています」
彼女の公務のスケジュールや割り振りに関しては、皇帝の側近が担当してくれている。
後宮に皇帝以外の貴族男性が入ることは制限されているため、エレスティアは自室を出てきたのだ。
次のパーティーの参加者が確定したとのことで、彼は仕事の合間を縫ってエレスティアに教えに来たのだ。
「そんなことは……」
「いえ、興味津々なのは事実でございますよ。ただ、皇帝陛下が謁見の要望案なども棄却されておりますからね」
エレスティアは、貴族たちの説明のためパーティーの名簿を開く側近を前に、困ったように微笑むことしかできない。
ジルヴェストは大切にしてくれている。今のエレスティアにできる仕事をと考え、無理させないようにと周りに指示を出してくれていた。
(私がいったん引きこもったからかも……)
国境の魔獣追放の件で大注目を浴びることになってしまい、一挙に押し寄せた手紙や会いたいといった要望にパニックになって、エレスティアは後宮から出たがらなかった。
アインスがエレスティアを本で釣って宮殿へと引っ張り出したのも、後宮にアイリーシャが自身の取り巻きの令嬢を連れてきて交流を持たせたのもいい影響があったと思う。
そのあと魔法具研究局での訓練も再開できたし、皇妃としてまずはアイリーシャと令嬢たちとを連れて、女性たちの社交を手始めにスタートしたのだ。
「それでは、出席者についてお教えいたしますが、よろしいですかな?」
「はい。お願いいたします」
パーティーに同席するジルヴェストに迷惑をかけたくなくて、エレスティアはしっかりとうなずく。
彼に教えてもらう手間をかけさせないよう、こうして出席者の権力構図や関係を頭に入れるのは必要なことなのだ。
一刻もかからないうちに打ち合わせを終え、側近に礼を言って部屋を出た。
貴族たちも行き交う公共区の廊下に出ると視線が集まる。毎日スケジュールをこなしているおかげで、こうして打ち合わせしていくのも最近は慣れてきた気がする。
「魅力的な皇妃よね」
「あのようなお方が確かに必要だわ」
周りから聞こえてくる声は、以前の刺々しかった雰囲気はなく、好意的なものに変わってきている。それも少し彼女を救っていた。
アインスが抜刀しそうな眼差しにならなくて済むのも、精神的疲労感の軽減につながっている。
彼の話によると、勤勉という評価もじわじわと広がっているようだ。
勤勉といわれても、エレスティアにはあまり実感がない。
ただ、今も毎日、魔法具研究局で訓練を続けている。だからそれを評価している者たちもいるようだ。
(――いまだ、魔力は感じられないけれど)
それについては、焦る必要はないと顔を見に来た兄たちにも言われた。
魔力というのは、基本的に開花した幼少期から少年期までの間に、じっくり感覚を掴み操っていくものだ。
エレスティアは、魔力があったことについては父ドーランの子だったという証のようで嬉しかった。
そして戦闘魔法師団の師団長を務めている兄たちの妹だったのだと、証明されたようにも感じた。
でも、それだけだ。
今までだってなくても困らなかった。ないことがあたり前で、魔法も使えないからと納得して生きてきた。
だからエレスティア自身、魔力が感じられないことにも焦りは感じていない。
他にも魔法が使えるようになるかもしれないと、周りの者たちは勝手に盛り上がっているけれど。
心獣がドーランの火の鳥に似ていることから『父君と同じ系統の魔法を試してみましょうっ』と、魔法具研究局の支部長、カーターはワクワクしている。
「ふふ、――でも、そんなことあるのかしらね」
エレスティアは、どこからか飛んで戻ってきて肩に止まったピィちゃんの頭を、指でちょいちょいと撫でた。
安全な場所にいると感知すれば、気まぐれのようにどこかへいく。
そこは、ピィちゃんもやっぱり心獣なのだと感じられた。
(使えたら、とか、使ってみたいとか、そんな欲はないの)
不思議なことが起こったら楽しいでしょうね、そう思いながら魔法具研究局で基礎訓練と魔法呪文を試す日々だ。
心獣ができた。応援してくれる人たちも少なからずいて、今の国は平和で――それだけでエレスティアは満足なのだ。
「ピッ」
ピィちゃんが鳴いて廊下の横側の大窓を示した。そこからちょうど風も吹き込んできて、つられたように向こうの空を見たエレスティアは「あら」とつぶやいた。
宮殿の建物の上空に向かって、黒い影がよぎっていくのが少しだけ見えた。その形はエレスティアもよく知っているもので――鳥だ。
(まぁ、とても大きな鳥だわ……)
大きな鳥だと飛翔距離もあるし、いい天気に誘われて王都の近隣にある山から気持ちよく飛んできたのかもしれない。
あんなに大きな鳥を見られることもあまりない。素敵な気持ちになった。
「――教えてくれてありがとうね、ピィちゃん」
頭を指で撫でる。引きこもりだった頃には見られなかった光景だ。
ピィちゃんは、なぜかうーんと考え込むような顔だ。
「〝皇妃〟どうなされました?」
外向きの呼び方で、アインスが聞く。
「いえ、素敵な鳥がいたものですから」
「ほぉ。同じ鳥としては気になったんですかね」
アインスが顎を撫でると、ピィちゃんが彼の頭上へ飛んでいき、足蹴りを食らわせた。
そのあとエレスティアは、廊下で二人(?)の喧嘩を止めていたため、しばし周りの者たちから微笑ましい目で見守られることになったのだった。