恋が走り出すまで
制カバンを持って、ローファーに足を入れる。
コンコンと軽くつま先を鳴らすのが、私のルーティーンだ。
「よしっ」
振り返ると、時計の針はまだ七時二十分にもなっていなかった。
「行ってきまーす!」
誰もいない家へ呼びかけて、私は家を出た。
私が乗るバスが来るのは、七時半ちょうど。バス停は家から3分ほどのところにあるから時間的には余裕だけれど、こうして少し早めに家を出るのが、私の癖になっていた。
なぜならばーー。
あっ、来た。
「わんっ!」
朝の日差しを受けてきらきらと輝く白い毛を持つ、かわいらしい小型犬とその飼い主。
わんちゃんもとても愛らしいけれど、私の目当てはどちらかといえば飼い主の方だ。
身長が高くすっと伸びた背筋に、わんちゃんを大切に思っていることが分かる優しい微笑みを持つ男の子。
いつも制服を着ているので、近くに住む、私と同じ高校生だろう。
私は勉強をするために早く学校に行っているから、飼い主の男の子と同じバスに乗ったことはない。ちなみに朝の教室はとても静かで集中できると友達にもおすすめしているが、朝が苦手だとか言って来てくれないので、一人で勉強している。
毎朝私がバス停に並んでいるときにでワンちゃんを散歩させていて、ほんの一瞬だけれどその姿を見れるだけで、幸せな気持ちで一日を始められる気がするのだ。
今日も男の子とわんちゃんは楽しそうに通り過ぎていった。
「名前、なんていうんだろう……」
いつも傍から見つめるだけで、話したことは一度もなくて。
名前も高校も知らないし、向こうは私のことを認知すらしてないだろう。
飼い主の男の子は私にとって、そこらへんの芸能人よりずっとずっと近づきたい、だけどずっとずっと遠い存在だった。
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