過去の名君は仮初の王に暴かれる
 エルゼがロレシオの向かいの席に座ると、侍女たちが手早くアフタヌーンティーの用意を始める。侍女長がニコリと微笑んだ。

「王妃様、お茶を用意いたしましたわ。陛下から頂いた薔薇は花瓶にいれて飾りますので、こちらへ」
「ええ、ありがとう」
「それでは、私たちは失礼いたします。ごゆっくり、お過ごしくださいな」

 侍女たちは折り目正しく一礼すると、にこやかに揃って出て行く。夫婦水入らずの時間を邪魔しないように配慮してくれているのだろう。
 エルゼは改めてロレシオに向かいあった。

「とてもきれいな薔薇でしたね。庭師の方も、丁寧にお世話されたのでしょう」
「ああ。この国内でも指折りの庭師だと聞いている。彼が管理しているヴォルクレール城の庭の薔薇は素晴らしい。君も公務ばかりではなく、庭を散歩してみるがいい。それに、君が散歩をすれば侍女たちが喜ぶだろう。……実を言えば、侍女たちが君を働かせすぎだと私に文句をいってくるのだ」
「まあ、そうでしたの。みんな心配性なんだから……」
「皆が心配するのは、君がそれだけ大事にされるに値する人間だからだ」
「そっ、そんな……。光栄ですわ」

 ロレシオの率直な褒め言葉に、エルゼは頬を赤らめる。

(ロレシオ様は些細なことでも必ず褒めてくれるから、舞い上がってしまうわ。前世では、どんなに頑張っても誰も褒めてくれなかったのに……)

 優しい夫の役に立ちたい一心で、エルゼは張り切って王妃としての公務に励んだ。

 王妃として2度目の人生歩んでいるため、エルゼの王妃としての手腕は並外れて優れていた。
 予算の一覧をサッと目を通すだけで間違いに気づき、地方名を聞けば地形や地質など、地方官たちが舌を巻くほどの知識を持っている。法律についての知識も豊富で、法務局の宰相が尋ねに来るほどであった。
 こういう経緯もあって、エルゼを優れた王妃として認められ、ロレシオもまたエルゼに多大なる信頼を寄せてくれている。
 いつもは忌まわしいとまで思ってしまうイヴァンカ・クラウンの記憶だったが、今回ばかりは大いに役に立ったようだ。

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