過去の名君は仮初の王に暴かれる
とにもかくにも、エルゼはロレシオに数枚の資料と一冊の本を渡した。
「この前お話いただいた件なのですが、役立ちそうな資料を見つけましたのでお渡ししておきますね。それから、頼まれていた午後の資料はこちらです。スペルミスがありましたので、直しておきました」
「ああ、ありがとう。いつも君には助けられてばかりだな。予算案も、君の鋭い指摘のおかげで良いものがまとまりそうだ」
「お役に立てて光栄です」
「予算の話なのだが、城の改修に予算をまわそうという話もでてな。エルゼは、このヴォルクレール城に不満はないか?」
「不満、ですか?」
漠然とした質問に、エルゼは小首をかしげる。ロレシオは鷹揚に頷いた。
「そうだ。このヴォルクレール城は無理な建て増しで、迷路のようなつくりになっているだろう。君には比較的簡単なつくりの東棟の部屋に住んでもらっているが、不便がないかと宰相たちが心配していてな。もし不便であれば、いっそ改修しようと」
「お気遣いいただいたのですね。しかし、わたくしは今のところ、これといって問題は感じておりませんわ」
エルゼの答えに、ロレシオは心なしかホッとした顔をした。あまり城の改修には乗り気ではなかったのだろう。
「君が不満に思っていないのであれば、無理に城内のつくりを変える必要はないな。他に予算を充てるべき場所は山ほどある」
「陛下のご随意に」
「思えば、確かに君が城で迷ったという話は聞いたことがなかったな。私なんて、最初は食堂に行くたびに自室に帰れなくなったというのに」
「まあ、苦労されましたのね」
エルゼは口に手をあててクスクスと笑う。
確かに、この城のつくりは迷路のように入り組んでいる。エルゼが迷わないのは、イヴァンカの記憶のおかげだ。イヴァンカは目が悪く、あまり外にでたことがなかった。その代わりに、この城の間取りは誰よりも熟知していた。
楽しそうに笑うエルゼにつられて、ロレシオも目を細めた。
「エルゼ、君も知っての通り、この城は無駄に部屋だけはあるし、使っていない部屋も多い。もし必要であれば、どの部屋もエルゼの好きなように使ってもらっても構わない。今の部屋も手狭だろう」
ロレシオの申し出にエルゼは少しだけ考えた。
今の部屋は十二分に広いため、手狭であるとは思っていない。しかし、エルゼはかねてから移りたいと思っている部屋があった。
エルゼは、恐る恐るその願いを口にする。
「それでは、陛下の部屋の隣のお部屋をいただきたいのです。その部屋は、代々王妃が使ってきた部屋だと伺っております」
「この前お話いただいた件なのですが、役立ちそうな資料を見つけましたのでお渡ししておきますね。それから、頼まれていた午後の資料はこちらです。スペルミスがありましたので、直しておきました」
「ああ、ありがとう。いつも君には助けられてばかりだな。予算案も、君の鋭い指摘のおかげで良いものがまとまりそうだ」
「お役に立てて光栄です」
「予算の話なのだが、城の改修に予算をまわそうという話もでてな。エルゼは、このヴォルクレール城に不満はないか?」
「不満、ですか?」
漠然とした質問に、エルゼは小首をかしげる。ロレシオは鷹揚に頷いた。
「そうだ。このヴォルクレール城は無理な建て増しで、迷路のようなつくりになっているだろう。君には比較的簡単なつくりの東棟の部屋に住んでもらっているが、不便がないかと宰相たちが心配していてな。もし不便であれば、いっそ改修しようと」
「お気遣いいただいたのですね。しかし、わたくしは今のところ、これといって問題は感じておりませんわ」
エルゼの答えに、ロレシオは心なしかホッとした顔をした。あまり城の改修には乗り気ではなかったのだろう。
「君が不満に思っていないのであれば、無理に城内のつくりを変える必要はないな。他に予算を充てるべき場所は山ほどある」
「陛下のご随意に」
「思えば、確かに君が城で迷ったという話は聞いたことがなかったな。私なんて、最初は食堂に行くたびに自室に帰れなくなったというのに」
「まあ、苦労されましたのね」
エルゼは口に手をあててクスクスと笑う。
確かに、この城のつくりは迷路のように入り組んでいる。エルゼが迷わないのは、イヴァンカの記憶のおかげだ。イヴァンカは目が悪く、あまり外にでたことがなかった。その代わりに、この城の間取りは誰よりも熟知していた。
楽しそうに笑うエルゼにつられて、ロレシオも目を細めた。
「エルゼ、君も知っての通り、この城は無駄に部屋だけはあるし、使っていない部屋も多い。もし必要であれば、どの部屋もエルゼの好きなように使ってもらっても構わない。今の部屋も手狭だろう」
ロレシオの申し出にエルゼは少しだけ考えた。
今の部屋は十二分に広いため、手狭であるとは思っていない。しかし、エルゼはかねてから移りたいと思っている部屋があった。
エルゼは、恐る恐るその願いを口にする。
「それでは、陛下の部屋の隣のお部屋をいただきたいのです。その部屋は、代々王妃が使ってきた部屋だと伺っております」