過去の名君は仮初の王に暴かれる
 エルゼが求めたのは、代々王妃が使っていた部屋――それはすなわち、イヴァンカ・クラウンが一日の大半を過ごした愛着のある部屋だった。
 お飾りとはいえ、エルゼは王妃だ。あの部屋を使う権利はあるはずだ。

 しかし、エルゼの一言にロレシオの顔がさっと強張った。
 ややあって、ロレシオは硬い声で答えた。

「すまない。その願いは聞き入れることができない。あの部屋は()()()()の部屋なんだ」

 ロレシオの言葉に、エルゼは青くなる。歴代の王妃が使っていた部屋にエルゼを招き入れない理由。思い当たるのは一つしかない。

(ああ、例の片思いをしている方があの部屋を使っているということ……)

「……分かりました」

 エルゼは弱々しく頷いた。鼻の奥がツンとする。

(わたくしったら、陛下から寵愛を受けたつもりになっていたんだわ……。本当は、わたくしなんかが愛なんて求めてはいけないのに)

 うなだれたエルゼを見て、ロレシオは慌てた顔をする。

「あの部屋以外であれば、どの部屋だって使っていい。この城のものは全て君のものなのだから。君の王妃としての働きぶりは、私も認めるところだ。どんな宝石を贈っても、君の勲功に報いることはできないだろう。君の働きぶりは私の宝だ」
「陛下……」
「君が王妃になってくれて、本当に良かったと思っている。これだけは本心だと思ってくれ」

 ロレシオの青灰色の瞳に、ふっと熱い光がよぎる。
 エルゼはふいに蜃気楼のような奇妙な懐かしさを覚えた。ずっと昔に、この瞳を好ましく思っていた気がする。
 ロレシオもまた、エルゼの瞳から目を逸らせないようだった。お互いの記憶を探るような、長い沈黙が二人の間に流れる。

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