過去の名君は仮初の王に暴かれる

王妃の部屋

 城での日々は憂鬱なものになるだろうと考えていたエルゼだったが、その予想は大幅に外れた。

「エルゼ、少しいいか。その、庭師から庭に薔薇が咲いたと言われて、持ってきたのだが……」

 忙しい公務の合間をぬって、今日もまたロレシオがエルゼの部屋を訪ねてくる。エルゼは少し微笑むと、書き物をしていた手を止めて、ロレシオから薔薇を受け取った。

(今日は薔薇なのね……)

 薔薇の瑞々しい濃やかな香りに、口元が自然にほころぶ。
 エルゼは美しい礼をした。

「ありがとうございます、陛下」
「そうかしこまらなくていい。君が喜んでくれてよかった。庭師にも礼を言わねばな」

 ロレシオは嬉しそうに目を細める。

 ロレシオは一日に一度はこうしてエルゼの部屋を訪れた。「良い茶葉が手に入った」「確認してほしい書類がある」等々、律儀になにかしらの理由をつけて。そして、エルゼと紅茶を一杯だけ飲み、部屋に帰っていくのである。

 邪魔もの扱いされると覚悟していたエルゼは、大いに拍子抜けした。長年片思いをしている相手がいるロレシオにとって、政略結婚した妻など疎ましい存在のはず。なのに、エルゼは一度も邪険に扱われたことはなかった。
 まあ、真面目なロレシオのことだ。王妃であるエルゼを尊重するために毎日訪れているに違いない。それでも、エルゼはロレシオの気遣いが嬉しかった。
 
(初夜以降は一度も夜のお相手に呼んでくださらないけれど、これ以上の待遇は、望めないわ)

 ロレシオはエルゼを王妃として扱い、大事にしてくれている。宰相や侍女たちは、しきりに国王は若い王妃を寵愛していると噂しているようだ。

< 9 / 51 >

この作品をシェア

pagetop