妹の身代わりで嫁いだ姫は、ヤンデレなはずの皇王にとろ甘に溺愛される(旧 ヤンデレ皇王のつがいはデレ改革をお望みです ~加虐系ヤンデレはデレデレにデレチェンジ~)

 ざわめきが氷の世界に閉ざされたかのように凍てつき静まり返った。
 我に返った令嬢は震えながら口を両手で押さえているが、外に飛び出してしまった言葉を取り戻す方法はない。

(ぽっと出のわたしがオデルの妻となるのが気に食わないのね。予想はしていたけれど、こう真っ向からくるとは思っていなかったわ)

 水を打ったように沈黙が降りるこの場を治めるのもシルディアの仕事だ。
 しかし、当事者のはずのヘリュはティーカップに口をつけシルディアの出方を窺っている。

(オデルが珍しくお茶会を開いてもいいって言ってくれたから張り切ったけど、きっとこの令嬢達を御しろってことかしら。だとしたら、わたしとオデルにはもっと話し合いが必要みたいね)

 爆弾発言をした張本人は顔を真っ青にしており、今にも倒れそうだ。
 周りの令嬢達も成り行きを見守っているだけ。
 シルディアはため息をつきたい衝動に駆られたが、ため息の代わりに言葉を紡ぐ。

「あらそうなのですね。初めてお聞きしました。ですが候補は候補。わたしは気にしていませんよ。ほら、せっかくの紅茶が冷めてしまいます。お茶会のために腕を振るった料理人たちの顔も立ててやってくださらない?」
「そ、そうですわね! あら、このクッキー美味しいですわ!」
「こっちのケーキもとっても美味しいっ!」
「まぁ本当!」
「流石は城仕えの料理人だわ」

 令嬢達が一致団結し、話題を変えようと必死だ。
 シルディアの機嫌を損ねれば今後お茶会に誘ってもらえなくなる可能性があるため、皆必死なのだろう。
 令嬢達が貴族の娘としての責務を果たそうとしている中、ヘリュだけが眉を顰めている。

(不服そうね)

 シルディアはヘリュから目を離さずに、クッキーをつまむ。
 用意されているクッキーはシルディアだけ違う種類の物が用意されていた。
 クッキーに限らず皿に盛られているお茶菓子は全てオデルが作ったものだ。
 令嬢達に振舞っているお茶菓子は、城の料理人たちが腕によりをかけて作ったものになっている。

「シルディア様、そんなにお召し上がりになられて大丈夫ですか? 一か月後には結婚式でしょう?」
「ご心配にはおよびませんわ。むしろもっと太れと陛下に怒られているの。ガルズアースの食べ物は美味しくてついつい食べ過ぎてしまうのだけど、なかなか陛下のご期待に添えなくて……」

 心配そうな顔のヘリュに、シルディアは照れたように返事をした。
 お茶会や夜会などの非日常的な空間は好きだ。
 しかし、令嬢を相手にすると会話の端々に含まれた意味を考えなければならない。
 因みに先ほどの会話の意味は、

『お茶菓子をたくさん食べるなんて、太って結婚式のドレスが着られなくなるわよ』
『たくさん食べても太らないわ』

 だ。

(何も考えず喋れる人がいないと十分理解しているけど、ここまで敵意をむき出しにされるとやりにくいわ。相手にしたわたしが大人げないと言われかねない。計算してやっているのなら厄介ね)

 わなわなと震えるわけでも大声でヒステリックに叫ぶわけでもないヘリュに、シルディアはやりづらさを感じた。
 他の令嬢達は事の顛末を黙って見守っているだけだ。
 どちらにつく方が自身の家に利があるか決めあぐねているのだろう。

「わたくしは陛下の最有力婚約者候補でしたのよ?」
「? 先ほどもお聞きしましたよ? それがなにか?」
「それがなにかって……。幼き日の陛下をお知りになりたくないの?」
「本人に聞けばいいのだし、上皇陛下や上皇后陛下に聞けばヘリュ様もお知りにならないことを教えてくださると思うわ」
「そ、それも、そうね」
「でしょう? それにきっとヘリュ様にも騎士様以外の好い人が現れますよ。ヘリュ様はこんなにも可愛らしい乙女なんですもの」
「へ……?」

 シルディアの言葉を飲み込めずぽかんとするヘリュだったが、飲み込んだ途端ボッと顔を真っ赤に染めて慌てだした。
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