シリウスをさがして…
危ない釣り橋に渡っているよう
どうしてあんなこと言ったんだろう。
陸斗は、紬に別れを切り出していた自分に疑問を覚えた。
クリスマスの予定を一緒に考えようとしていたのにどの口が別れを告げている。
紬の行動に腹が立って仕方がなかった。
完全に自分に気持ちが向いていないことを知っていた。
頭の中の天使と悪魔が戦って結局、悪魔が勝利した。
良い人の自分を演じることができなかった。
世間で言う恋人たちのクリスマスを過ごせると思っていたのにフリーになってしまったことに自分の顔をパンチした。
ラインを開いて、バイト先の店長にクリスマスはシフトを入れ込んでくださいと懇願した。
1人で過ごすには寂しすぎると思って、かろうじての対策としてバイトをすることだった。
店長にとっては願ったり叶ったりでもちろん快諾してくれた。
一緒のバイト先である康範も一緒のシフトであることも確認済だった。
クリスマスのこともそうだが、受験の模擬試験も迂闊にも志望校の判定Cをとってしまい、うかうかしてられないと本腰いれて勉強せねばと思った陸斗だった。
***
洸は、陸斗に紬を紹介されてから約半年以上は経とうとしていた。
従兄という立場上、なるべく陸斗の逆鱗に触れないような対応を心がけてきた。
紬に対して、軽く、ジョブうつような求愛行動はしたが、どれもかすり続けてきた紬への想いが、まさかここでノックアウトするとは思いも寄らず、むしろ困惑していた。
そもそも、美嘉と付き合うのも紬と近しい間柄の友達でどこかチャンスを狙っていたが、あまりにも積極的な美嘉の行動に対応せねばならず、結局は最後まで受け入れてしまった洸だったが、気持ちは全然,思い入れていなかった。
美嘉の方が溺愛されてしまっていることに作戦が失敗だなと思ってしまっている。
かと言って、ここで別れを告げたら、責められるのは紬の方だろうといろいろ考えて、そのままの関係を続けてどうにか切り抜けていこうと洸は、世間一般的にはゲスな考えを持ってしまっている。
そういう紬も、危ない橋を渡るように、洸は美嘉と付き合っていることを知っている。
その上で、洸と会っている。
道理に反していることは知っている。それ以上に気持ちはおさえられない衝動にかられていた。
そのハラハラドキドキ感をある意味楽しんでいるのかもしれない。
まさか初めてできた高校の友達と恋愛対象の相手が一緒になるとは思いもしなかった。
何が起きるかわからないものだ。
ーーーー
『紬ちゃん? 今、バイト終わったとこで、俺、帰っちゃうけど、いい?』
洸は以前よりも増して、ラインのメッセージや電話をくれるようになった。
解禁したんだろうと思ったんだろう。
「え、待って!今降りていくから。」
バイト終わりに店の外に置いてたバイクに寄りかかっていた洸が、電話をくれた。
紬はパジャマ姿とダウンジャケットを羽織って駆け寄った。
両親たちは2階の奥の部屋にいたため、気づかなかった。お店は片付けも済んで電気も消えて、真っ暗になっている。
「パジャマで……風邪ひくよ?」
スマホをバックにしまった。
「……だって、帰るって…。」
「いやぁ、そりゃ帰るよ。バイト終わったし。」
「…いじわるだなぁ。」
「そぉ?」
「うー。せっかく来たのに。」
「嘘だよ。ありがとう。」
頭をなでなでされた。
「そういや、クリスマスさ。めっちゃバイトのシフト入れられたんだけど…最悪だよね。紬ちゃんは働けるの?」
「うん。毎年恒例だから。いつも手伝ってる。お客さんも楽しみにしてるからね。クリスマス限定コース料理とかクリスマスケーキとか出すから。もう、それに慣れちゃって…。」
「そっか。デートとかしたことないんだね。でも、一緒にバイトすれば楽しいね。そしたらさ、終わったらどっか行く?連れてくよ。」
「いいね。」
「楽しみ増えたからバイトやる気出るわ!」
紬はあえて美嘉のことは聞かなかった。たぶん、そっちはそっちで考えているだろうなと予測する。
洸はフルフェイスのヘルメットをかぶった。
シールドをあげて話し出す。
薄暗い電灯の下に2人はいた。雪がちらほら降っている。
「そういや、名前さ。『紬』って呼んでもいい?そろそろ、ちゃんつけなくても良いかなって。」
「うん。それじゃぁ、私も『洸』って呼んで良いですか?」
何度も頷いてヘルメットをしたまま、紬に顔を近づける。
紬の顔が赤くなっていた。
洸は、かぶったヘルメットを外した。
「そうだ、忘れてた。」
「え。」
顔を右の方に傾けて、目を閉じて、口づけた。
「紬にさよならのキスするの忘れてたわ。んじゃ。」
そう言うとヘルメットをかぶって、バイクにエンジンをかけて、跨った。
黒の手袋をはめて、手を振った。
紬は驚いていたが、純粋に嬉しかった。
手を振り返した。
ーーーー
美嘉の言動が細かく気になるようになった。
学校に行ってすぐに美嘉の話から始まるようになった。
「おはよぉ。紬~。なんか呼び慣れない。最近、呼んでいいって言われたけどまだ慣れないや。」
「おはよ。美嘉…ちゃん。」
「ちゃんつけなくていいって言ったじゃん。ねぇねぇ、今日も聞いてよ! 洸さんね、何か大学のレポート出すのめんどいって言ってたよ。毎回のことらしいけど、大学生も大変だね。時間は高校ほどビッチリではないらしいけど、時間潰しが大変って…。どんな学校生活してるんだろうね。」
「そうだね。大学生って、バイトしてる人多いから授業時間少ないのかな。」
「紬は?進学する予定なの?」
「うん。そのつもりだよ。美嘉…は?」
「そうそう。えっと、私は専門学校行こうって思ってた。美容師になりたいから。」
「そうなんだ。美嘉は美容師合いそうだね。私は何になりたいかは決めてないけど両親から大学に行ってから決めなさいって言われてて…。」
何気ない会話も普通にできた。洸の話も自然に聞けた。この関係を壊したくない。
傷つけるってわかっていても、綱渡りするようにやり過ごす。
バレないようにするのが、日課になっている。
犯罪者の気持ちが少しわかった気がしたが、まだ結婚もしてないから逮捕もないし、訴えられることもないけれど、信頼関係の問題。
もし、バレてもそれでも崩れない友情かなと確かめたいという気持ちがあったりもする。
チャイムが鳴る。ホームルームが始まった。美嘉は席に戻った。
美嘉も状況を読み、もう屋上には誘わなくなった。紬もずっと1人、教室でお昼ごはんを食べる。ワイヤレスイヤホンを耳につけて自分の世界を作り、音楽聴いたり、漫画本読んだりと自分1人の時間を楽しんだ。
美嘉や瑞季、美由紀に声をかけられれば、話をすることはしていたが、用がない時は1人で過ごすようにした。
その方が楽だった。
お互いに縛られない関係。
自由に行動する。
同じ学校だが、陸斗にも会わずに済む。
渡り廊下ですれ違っても平気だった。
そもそも、鈍感で気づかない紬は平然と過ぎ去る。
一方、すぐ気づく陸斗は紬と平気な顔で廊下で通り過ぎたあと、泣くほど悲しんでいた。
康範に慰めてもらっていた。
自分から振ったくせに未練がましく、心小さく弱い男になってしまった。
****
クリスマス・イブ当日
仙台駅周辺はごった返すほどの人で賑わっていた。
定禅寺通りでは例年通り、光のページェントのイベントが行われている。
カフェ・ラグドールのお店の前もイルミネーションでキラキラと輝いていた。
少し大きいクリスマスツリーもオシャレに飾り付けられている。
紬と洸は、慌ただしくクリスマスメニューの支度に追われていた。
ペーパーナプキンはサンタデザインでテーブルの真ん中にはサンタとトナカイのスノードームが飾られている。
「これ、可愛いね。」
紬が一つ一つ丁寧に飾りながら言う。
「ひっくり返すと雪が本当に降っているみたいだもんね。最初に考えた人すごいわ。」
「あ、洸さん、姉ちゃん、外見て!ほら、本当に雪降っているよ。今年はホワイトクリスマスだね。」
拓人が箒で玄関掃除をしながら叫んだ。紬と洸も窓の外から覗いた。イルミネーションとともに光って見える雪が綺麗だった。
予約していたお客さんが早くも行列をなしていた。
「時間早いけど、開けますか。」
父の遼平が言う。
ひと通り、お店の準備は整った。
…と思ったら、突然紬のお腹が音を立てた。
「紬、お腹空いてんだね。」
「母さん、紬に軽食出して。他のみんなは大丈夫?倒れられると困るからキッチンに行って食べといて。」
クリスマスとあって、スタッフの賄いも豪華だった。
食べやすいように骨なしチキンを用意してくれていた。
カップに入ったショートケーキ風のスイーツもバイトのみんなに店長は用意してくれていたようだ。
「今日はクリスマスだからね。開店まであと10分くらいしかないけど、味わって!」
洸を含めてスタッフ5人分の賄いはあっという間になくなった。
残したら叱られるのではと言うプレッシャーがあった。
それでもみな美味しそうに食べていた。
「よし、開店させるよ。みんな、よろしくね。」
「はーい。」
玄関のドアを開けた。
予約でお店は満席だった。
店内ではオルゴールでクリスマスソングが流れていた。
クリスマスということもあり、いつもより営業時間を午後5時半から午後7時までを8時まで延長していた。
コース料理が大盛況でほとんどが予約のお客様で埋め尽くされた。
予約ということもあり、メニューはみな同じで準備もしやすかった。
ただ、品数がケーキ含めて5品もあった。テキパキお出しする順番と確認し合いながらこなしていった。
紬もお客さんとのやりとりを対応することができ、スムーズにことが進んだ。
1番好評だったのは、クリスマスケーキのテカテカの生チョコのホールケーキだった。ろうそくとサンタの飾りがかわいいと大好評だった。
お子さま連れのお客様も満足して帰って行った。
最後のお客様を見送って、ドアを閉めた。
「お疲れさまでした~!」
「みんな頑張ったな。お疲れさま。今日は大事なクリスマスに働いてくれて、ありがとう。小さいけど、お土産に持って帰って!」
店長の遼平はサンタのイラストが描かれた袋にお菓子を詰め合わせたものをスタッフに渡した。
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありましたー。」
「嬉しい!店長サンタさんだ!」
みんな喜んでいた。拓人は不機嫌そうにブツブツ言ってる。
「俺には無いの?」
「お前には本物のサンタが枕元に明日あるんじゃないか?」
遼平はあえてサプライズと言うことで渡さなかった。
「これと同じお菓子はリビングにあるから食べな!」
「ほーい。」
拓人は少し不満そうだった。
「雪降ってるから、みんな気をつけて帰るんだぞ。ん?やんだかな。」
「店長、紬さまをお借りして良いですか?」
「え、ああ。別に良いけど、それは紬本人に聞いてもらわないと、ねえ?」
「あ、そうだ。出かけるんだっけ?今,着替えてくるから!」
すっかり忘れていた紬は慌てて、2階の部屋に駆け上がった。
「え、洸くん、紬と? あれ陸斗くんは?」
「何か陸斗は、受験勉強頑張るって言ってまして、代わりに俺が気分転換にと思ってまして…。」
「あー、そう言うことね。受験なら仕方ないよね。まあ、気をつけて。今日は本当お疲れ様。」
遼平はポンと洸の肩を軽く叩いた。
何とかごまかすことができた。
遼平は疑いもしなかった。
ダッフルコートにマフラー、ミニキュロットとニーハイソックス、ブーツを履いて、裏口から外に出た。
洸はジーンズにライダーズジャケットを羽織り、外で待っていた。
頭に少し雪が,ついていた。
「あ、ちょっとかがんで!」
「え?」
何をされるか気づかなかった洸は言われるがまましゃがむと、紬に頭を撫でられて粉雪が落ちていった。
「あー。雪ね、さんきゅー。んじゃ、ヘルメットかぶってね。ページェント見に行こう。」
バイクのエンジンをかけた。
洸が先にヘルメットをかぶりバイクに跨った。その後ろに紬は腰に手を回してガッチリと乗った。
「乗った?」
「はい!」
「走るよー?」
今降っている雪は降っても地面で溶けるものだった。少し気温が高めだったらしく、足元は雨が降ったように少し濡れていた。
クリスマスということもあり、車の流れが遅かった。信号が赤になるたび、止まっていた。
バイクということもあって、風が冷たかった。
それでも一緒にいるだけで温かくて寒さを忘れるくらいだった。
陸斗は、紬に別れを切り出していた自分に疑問を覚えた。
クリスマスの予定を一緒に考えようとしていたのにどの口が別れを告げている。
紬の行動に腹が立って仕方がなかった。
完全に自分に気持ちが向いていないことを知っていた。
頭の中の天使と悪魔が戦って結局、悪魔が勝利した。
良い人の自分を演じることができなかった。
世間で言う恋人たちのクリスマスを過ごせると思っていたのにフリーになってしまったことに自分の顔をパンチした。
ラインを開いて、バイト先の店長にクリスマスはシフトを入れ込んでくださいと懇願した。
1人で過ごすには寂しすぎると思って、かろうじての対策としてバイトをすることだった。
店長にとっては願ったり叶ったりでもちろん快諾してくれた。
一緒のバイト先である康範も一緒のシフトであることも確認済だった。
クリスマスのこともそうだが、受験の模擬試験も迂闊にも志望校の判定Cをとってしまい、うかうかしてられないと本腰いれて勉強せねばと思った陸斗だった。
***
洸は、陸斗に紬を紹介されてから約半年以上は経とうとしていた。
従兄という立場上、なるべく陸斗の逆鱗に触れないような対応を心がけてきた。
紬に対して、軽く、ジョブうつような求愛行動はしたが、どれもかすり続けてきた紬への想いが、まさかここでノックアウトするとは思いも寄らず、むしろ困惑していた。
そもそも、美嘉と付き合うのも紬と近しい間柄の友達でどこかチャンスを狙っていたが、あまりにも積極的な美嘉の行動に対応せねばならず、結局は最後まで受け入れてしまった洸だったが、気持ちは全然,思い入れていなかった。
美嘉の方が溺愛されてしまっていることに作戦が失敗だなと思ってしまっている。
かと言って、ここで別れを告げたら、責められるのは紬の方だろうといろいろ考えて、そのままの関係を続けてどうにか切り抜けていこうと洸は、世間一般的にはゲスな考えを持ってしまっている。
そういう紬も、危ない橋を渡るように、洸は美嘉と付き合っていることを知っている。
その上で、洸と会っている。
道理に反していることは知っている。それ以上に気持ちはおさえられない衝動にかられていた。
そのハラハラドキドキ感をある意味楽しんでいるのかもしれない。
まさか初めてできた高校の友達と恋愛対象の相手が一緒になるとは思いもしなかった。
何が起きるかわからないものだ。
ーーーー
『紬ちゃん? 今、バイト終わったとこで、俺、帰っちゃうけど、いい?』
洸は以前よりも増して、ラインのメッセージや電話をくれるようになった。
解禁したんだろうと思ったんだろう。
「え、待って!今降りていくから。」
バイト終わりに店の外に置いてたバイクに寄りかかっていた洸が、電話をくれた。
紬はパジャマ姿とダウンジャケットを羽織って駆け寄った。
両親たちは2階の奥の部屋にいたため、気づかなかった。お店は片付けも済んで電気も消えて、真っ暗になっている。
「パジャマで……風邪ひくよ?」
スマホをバックにしまった。
「……だって、帰るって…。」
「いやぁ、そりゃ帰るよ。バイト終わったし。」
「…いじわるだなぁ。」
「そぉ?」
「うー。せっかく来たのに。」
「嘘だよ。ありがとう。」
頭をなでなでされた。
「そういや、クリスマスさ。めっちゃバイトのシフト入れられたんだけど…最悪だよね。紬ちゃんは働けるの?」
「うん。毎年恒例だから。いつも手伝ってる。お客さんも楽しみにしてるからね。クリスマス限定コース料理とかクリスマスケーキとか出すから。もう、それに慣れちゃって…。」
「そっか。デートとかしたことないんだね。でも、一緒にバイトすれば楽しいね。そしたらさ、終わったらどっか行く?連れてくよ。」
「いいね。」
「楽しみ増えたからバイトやる気出るわ!」
紬はあえて美嘉のことは聞かなかった。たぶん、そっちはそっちで考えているだろうなと予測する。
洸はフルフェイスのヘルメットをかぶった。
シールドをあげて話し出す。
薄暗い電灯の下に2人はいた。雪がちらほら降っている。
「そういや、名前さ。『紬』って呼んでもいい?そろそろ、ちゃんつけなくても良いかなって。」
「うん。それじゃぁ、私も『洸』って呼んで良いですか?」
何度も頷いてヘルメットをしたまま、紬に顔を近づける。
紬の顔が赤くなっていた。
洸は、かぶったヘルメットを外した。
「そうだ、忘れてた。」
「え。」
顔を右の方に傾けて、目を閉じて、口づけた。
「紬にさよならのキスするの忘れてたわ。んじゃ。」
そう言うとヘルメットをかぶって、バイクにエンジンをかけて、跨った。
黒の手袋をはめて、手を振った。
紬は驚いていたが、純粋に嬉しかった。
手を振り返した。
ーーーー
美嘉の言動が細かく気になるようになった。
学校に行ってすぐに美嘉の話から始まるようになった。
「おはよぉ。紬~。なんか呼び慣れない。最近、呼んでいいって言われたけどまだ慣れないや。」
「おはよ。美嘉…ちゃん。」
「ちゃんつけなくていいって言ったじゃん。ねぇねぇ、今日も聞いてよ! 洸さんね、何か大学のレポート出すのめんどいって言ってたよ。毎回のことらしいけど、大学生も大変だね。時間は高校ほどビッチリではないらしいけど、時間潰しが大変って…。どんな学校生活してるんだろうね。」
「そうだね。大学生って、バイトしてる人多いから授業時間少ないのかな。」
「紬は?進学する予定なの?」
「うん。そのつもりだよ。美嘉…は?」
「そうそう。えっと、私は専門学校行こうって思ってた。美容師になりたいから。」
「そうなんだ。美嘉は美容師合いそうだね。私は何になりたいかは決めてないけど両親から大学に行ってから決めなさいって言われてて…。」
何気ない会話も普通にできた。洸の話も自然に聞けた。この関係を壊したくない。
傷つけるってわかっていても、綱渡りするようにやり過ごす。
バレないようにするのが、日課になっている。
犯罪者の気持ちが少しわかった気がしたが、まだ結婚もしてないから逮捕もないし、訴えられることもないけれど、信頼関係の問題。
もし、バレてもそれでも崩れない友情かなと確かめたいという気持ちがあったりもする。
チャイムが鳴る。ホームルームが始まった。美嘉は席に戻った。
美嘉も状況を読み、もう屋上には誘わなくなった。紬もずっと1人、教室でお昼ごはんを食べる。ワイヤレスイヤホンを耳につけて自分の世界を作り、音楽聴いたり、漫画本読んだりと自分1人の時間を楽しんだ。
美嘉や瑞季、美由紀に声をかけられれば、話をすることはしていたが、用がない時は1人で過ごすようにした。
その方が楽だった。
お互いに縛られない関係。
自由に行動する。
同じ学校だが、陸斗にも会わずに済む。
渡り廊下ですれ違っても平気だった。
そもそも、鈍感で気づかない紬は平然と過ぎ去る。
一方、すぐ気づく陸斗は紬と平気な顔で廊下で通り過ぎたあと、泣くほど悲しんでいた。
康範に慰めてもらっていた。
自分から振ったくせに未練がましく、心小さく弱い男になってしまった。
****
クリスマス・イブ当日
仙台駅周辺はごった返すほどの人で賑わっていた。
定禅寺通りでは例年通り、光のページェントのイベントが行われている。
カフェ・ラグドールのお店の前もイルミネーションでキラキラと輝いていた。
少し大きいクリスマスツリーもオシャレに飾り付けられている。
紬と洸は、慌ただしくクリスマスメニューの支度に追われていた。
ペーパーナプキンはサンタデザインでテーブルの真ん中にはサンタとトナカイのスノードームが飾られている。
「これ、可愛いね。」
紬が一つ一つ丁寧に飾りながら言う。
「ひっくり返すと雪が本当に降っているみたいだもんね。最初に考えた人すごいわ。」
「あ、洸さん、姉ちゃん、外見て!ほら、本当に雪降っているよ。今年はホワイトクリスマスだね。」
拓人が箒で玄関掃除をしながら叫んだ。紬と洸も窓の外から覗いた。イルミネーションとともに光って見える雪が綺麗だった。
予約していたお客さんが早くも行列をなしていた。
「時間早いけど、開けますか。」
父の遼平が言う。
ひと通り、お店の準備は整った。
…と思ったら、突然紬のお腹が音を立てた。
「紬、お腹空いてんだね。」
「母さん、紬に軽食出して。他のみんなは大丈夫?倒れられると困るからキッチンに行って食べといて。」
クリスマスとあって、スタッフの賄いも豪華だった。
食べやすいように骨なしチキンを用意してくれていた。
カップに入ったショートケーキ風のスイーツもバイトのみんなに店長は用意してくれていたようだ。
「今日はクリスマスだからね。開店まであと10分くらいしかないけど、味わって!」
洸を含めてスタッフ5人分の賄いはあっという間になくなった。
残したら叱られるのではと言うプレッシャーがあった。
それでもみな美味しそうに食べていた。
「よし、開店させるよ。みんな、よろしくね。」
「はーい。」
玄関のドアを開けた。
予約でお店は満席だった。
店内ではオルゴールでクリスマスソングが流れていた。
クリスマスということもあり、いつもより営業時間を午後5時半から午後7時までを8時まで延長していた。
コース料理が大盛況でほとんどが予約のお客様で埋め尽くされた。
予約ということもあり、メニューはみな同じで準備もしやすかった。
ただ、品数がケーキ含めて5品もあった。テキパキお出しする順番と確認し合いながらこなしていった。
紬もお客さんとのやりとりを対応することができ、スムーズにことが進んだ。
1番好評だったのは、クリスマスケーキのテカテカの生チョコのホールケーキだった。ろうそくとサンタの飾りがかわいいと大好評だった。
お子さま連れのお客様も満足して帰って行った。
最後のお客様を見送って、ドアを閉めた。
「お疲れさまでした~!」
「みんな頑張ったな。お疲れさま。今日は大事なクリスマスに働いてくれて、ありがとう。小さいけど、お土産に持って帰って!」
店長の遼平はサンタのイラストが描かれた袋にお菓子を詰め合わせたものをスタッフに渡した。
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありましたー。」
「嬉しい!店長サンタさんだ!」
みんな喜んでいた。拓人は不機嫌そうにブツブツ言ってる。
「俺には無いの?」
「お前には本物のサンタが枕元に明日あるんじゃないか?」
遼平はあえてサプライズと言うことで渡さなかった。
「これと同じお菓子はリビングにあるから食べな!」
「ほーい。」
拓人は少し不満そうだった。
「雪降ってるから、みんな気をつけて帰るんだぞ。ん?やんだかな。」
「店長、紬さまをお借りして良いですか?」
「え、ああ。別に良いけど、それは紬本人に聞いてもらわないと、ねえ?」
「あ、そうだ。出かけるんだっけ?今,着替えてくるから!」
すっかり忘れていた紬は慌てて、2階の部屋に駆け上がった。
「え、洸くん、紬と? あれ陸斗くんは?」
「何か陸斗は、受験勉強頑張るって言ってまして、代わりに俺が気分転換にと思ってまして…。」
「あー、そう言うことね。受験なら仕方ないよね。まあ、気をつけて。今日は本当お疲れ様。」
遼平はポンと洸の肩を軽く叩いた。
何とかごまかすことができた。
遼平は疑いもしなかった。
ダッフルコートにマフラー、ミニキュロットとニーハイソックス、ブーツを履いて、裏口から外に出た。
洸はジーンズにライダーズジャケットを羽織り、外で待っていた。
頭に少し雪が,ついていた。
「あ、ちょっとかがんで!」
「え?」
何をされるか気づかなかった洸は言われるがまましゃがむと、紬に頭を撫でられて粉雪が落ちていった。
「あー。雪ね、さんきゅー。んじゃ、ヘルメットかぶってね。ページェント見に行こう。」
バイクのエンジンをかけた。
洸が先にヘルメットをかぶりバイクに跨った。その後ろに紬は腰に手を回してガッチリと乗った。
「乗った?」
「はい!」
「走るよー?」
今降っている雪は降っても地面で溶けるものだった。少し気温が高めだったらしく、足元は雨が降ったように少し濡れていた。
クリスマスということもあり、車の流れが遅かった。信号が赤になるたび、止まっていた。
バイクということもあって、風が冷たかった。
それでも一緒にいるだけで温かくて寒さを忘れるくらいだった。