シリウスをさがして…
光のトンネル
洸が運転するバイクで定禅寺通りを進むと、その近くにあるコンビニではお客さん応対で忙しくしていたのは陸斗と康範がいた。
「いらっしゃいませ。」
「すいません、クリスマスケーキを予約していたんですが…。」
「ご予約ですね。控えのチケットはお持ちでしょうか?」
小さなお子さま連れで訪れたのは髪の長い女性だった。親子なんだろう。バックから財布を出し、予約チケットを探して、レジ横に置いた。
「これ、ですよね。」
「あ、はい。そうですね。ただいま確認してまいりますので、こちらでお待ちください。」
陸斗はバックヤードに保管していたクリスマスケーキのボックスと、ローストチキンやオードブルのパックを持って、出てきた。レシートと控えを何度も確認する。
「お客様、お待たせいたしました。商品はこちらのケーキとオードブルでお間違えないでしょうか。」
レジ横の棚に商品を置いて、確認してもらった。
「はい。大丈夫です。金額はおいくらですか?」
「はい、ただいまバーコードを読み取らせていただきますね。予約した方の特典で無料でお飲み物を選ぶことができますが、どちらになさいますか?」
「えっと,コーラでお願いします。」
「はい、承知いたしました。こちらですね。」
「えー、私オレンジジュースがいい!」
「分かったから、別で買ってあげるから。とりあえずこのコーラと…このオレンジジュースもお願いします。」
慌てて近くにあった紙パックタイプのオレンジジュースを棚に置いた。陸斗はスキャナーでバーコードを読み込ませた。
「こちらも合わせまして、合計で7856円です。お支払いはこちらの画面からお選びください。」
レジの画面のボタンを誘導させると、バーコード決済を選んだため、スキャナーでスマホ画面のバーコードを読み取った。シャリンという音とともにお支払いは完了した。
「ハッピークリスマス!」
頭にはサンタ帽子をかぶっていた陸斗は店長が用意した小さなキャンディを女の子に渡した。
「あ、ありがとうございます。」
「素敵な夜を~!」
営業スマイルバリバリで女の子に手を振ると恥ずかしそうにこちらに手を振ってくれた。
「お母さん、あのお兄ちゃん、かっこいいね。」
「え、そう?」
そう言いながら、自動ドアを開けてお店を出ていく。
こうやって、お客様に笑顔を振りまいて、クリスマスの夜を祝うのも悪くないと、接客を続けた。
自宅でローストチキンやクリスマスケーキを予約しているお客さんも少なくなかった。
「陸斗~、予約してるお客様で、ローストチキン忘れてた方いたみたいだけど、お前んとこ、大丈夫だった?バックヤードに1パック残ってたよ。控えの紙には今日の日時書いてあんだけど…。」
「え、マジで? 予約の名前は何ていうの?」
「えーー…木村様だね。午後7時って書いてるけど、今はもう午後8時過ぎてるなぁ。このローストチキン1人分だから、食べる時喧嘩になってないと良いけど…。」
「うそ、その人の全部の注文分かる?」
「あー、多分。レジスターに予約履歴残ってるじゃない?…ちょっと待って…えっと、ローストチキンの手持ちが4つ、ボールケーキ、オードブルだよ?」
「ヤバっ、その人,俺,接客してたわ。ちょっと、お届けしに行ってはダメかな?店長、今どこ?」
「マジか!? 今、バックヤードにいたよ。」
「悪い,ちょっとレジ応対頼む。」
「お、おう。」
陸斗はバックヤードにいる店長に声をかけて、確認をした後,さっき渡しそびれたお客様に電話をし、直接届けてもいいか確認した。
陸斗は、会社の車を借りて、ローストチキンを自宅にお届けしに行くことになった。
更衣室から免許証が入った財布をとって、ダウンを制服の上から着て商品を抱えながら車に乗り込む。
とあるアパートの部屋のドアについて、チャイムを鳴らす。
「こんばんは。さきほど電話しました。エイトマートの大越です。ローストチキンをお届けに来ました。」
「はーい。」
ドアがガチャと開いた。
さっき会った小さな女の子が出迎えてくれた。
「ごめんね、お母さんに伝えてほしいんだけど、コレはお詫びの印何だけど受け取ってくれるかな?」
陸斗は、ローストチキンの他に大きいペットボトルのオレンジジュースを追加で袋に入れていた。
「あ。サンタお兄ちゃんだ。あれ、帽子かぶってないの? ありがとう。みほの好きなオレンジジュースだ!」
奥からお母さんが出てきてくれた。
「わざわざすいません。私も気づかずに申し訳ありません。ありがとうございます。」
「いえ、私が気づかないで渡してしまいまして、申し訳ありませんでした。こちらのジュースはお店からのサービスです。それじゃぁ、失礼します。」
「あ、待ってください。娘が…。」
陸斗は立ち去ろうとすると、奥の方から女の子は持ってきた。
「これ、お兄ちゃんにあげる!」
折り紙で作ったサンタとトナカイをくれた。
「あと、これ。」
ポケットから大事そうに手に集めたキラキラ石を取り出した。青とピンクのオモチャの宝石だった。
「これね、スライムを冷凍庫で凍せたものなの。たくさん作れるからお兄ちゃんにあげるね!」
「あ、ありがとう。」
目の高さに合わせて屈んでいた陸斗は女の子のプレゼントにきゅんとした。
「ごめんなさいね。子ども相手してくれてありがとう。みほも喜ぶわ。クリスマスもお仕事でお疲れ様。」
立ち上がってお辞儀して、手を振ってお別れした。
帰り道、女の子からもらったサンタとトナカイ、宝石のようなオモチャをバックの中に大事に入れておいた。
思いがけないクリスマスプレゼントに心がホクホクした。
仕事のミスはしたけれど、とても心が豊かになった。
バイト先に行く途中に見えた光のページェントはドス黒い暗い気持ちから、キラキラと明るい気持ちで見ることができた。
何かいいことがありそうだとウキウキしながら、戻った。
***
バイクを地下駐車場にとめるとヘルメットを外して、着ていた服を整えた。
「そういえば、なんでバイクなの? 前、車を運転してたよね。」
「んー、何となく。ヘルメットかぶっている方が、外から誰か分からないじゃない。車だと見えるっしょ。あと、車は俺の車じゃないからね。親が乗っていたものだから。ごめん、ダサいよね。」
「…ううん。別に、何か理由あるのかなと思って聞いてみた。」
(本当はいくらでも陸斗に近づきたいからだけど、言わないでおこう。)
洸はさりげなく、紬の右手を左手で握った。指と指が絡む恋人繋ぎだった。
「寒いからポケットにいれよう。」
手袋あるのにあえて、手を繋いでポケットに入れる。
温かった。
「光のページェントの時間が22時までだから、ちょうど今の時間だと人がまばらになるくらいらしいよ。」
「うん。」
「知ってる?」
「え?」
「ジンクスだけど、光のぺージェントに見に行くカップルは別れちゃうんだってさ。」
「そうなんだ。」
「でもさ、どんな状況になっても別れる人は別れるよね。全部ヒカペのせいにしたいんだよね。きっと。ま、俺らはどうなるかわかりませんけど…。ごめん、これから見に行くのに変なこと言った。」
洸は自信なんてこれっぽっちもなかった。今だって一緒にいて大丈夫かと心配になっている。
「先のことなんてわからないから気にしないかな。」
地下駐車場のエレベーターに乗って上のボタンを押した。
「そっか。どちらかといえば、気にしない方がいいね。」
方向転換してパッと手を離すと手繋ぐのではなく、紬は洸の腕に手をまわした。その方が落ち着くようだ。
エレベーターのドアが開く。
外に出るとそこはもう光のページェントのトンネルになっていた。
「わぁ、綺麗!」
思わず声が出た。
「だな。あっちの方行ってみる?」
「うん。」
右も左もケヤキの木にLEDライトがたくさん付いていて,幻想的に輝いていた。光そのものは星と違って人工的だが、綺麗であることは変わりない。噂によると、オレンジのライトの中に紛れて、ピンク色もあるらしい。紬はぐるぐると周りを見渡して、探していた。
天を仰ぐ。
「どこかな。」
「何してるの?」
バレリーナのごとくクルクル回る紬を追いかける。
「あ、あった。」
1本の木の上の方でピンク色に輝く光を見つけた。スマホのカメラで写して、写真におさめた。
「ほら、ピンク色だよ。」
「あ、本当だ。よく見つけたね。知らなかった。あるんだね。オレンジじゃないライトも。」
銅像を横にどんどん奥の方に進む。
周りにいるカップルや家族連れに紛れて、定禅寺通りを進んでいく。
光のトンネルは吸い込まれるようだった。
「こんなに綺麗だったって知らなかった。初めて来たから。」
「あー、そうだったんだ。俺は何回か来たことあったから知ってたけど…見慣れたかな。ピンクの光は知らなかったけどね!」
上を見上げるとちらほらと雪が降ってきた。一段と冷え込んでいる。
このまま、路面に雪が降りそうだ。
「雪、積もりそうだね。あたたまりに行こうか。」
洸はマフラーのように両肩に腕をまわした。
「そうだね。すごく寒い。どこに行くの?」
「こっち。」
洸は横断歩道に誘導して、国道の歩道から裏路地に抜ける道をどんどん歩いて行った。
ままや
車は渋滞していたが、歩行者たちは颯爽と歩いている。
時々クラクションが鳴っていた。
「今日、クリスマスだから、混んでるかもしんないなぁ。」
キラキラと街灯が光る建物が多かった。ピンクの看板や青白く光る看板があった。
「あ、ここなら開いてるみたい。行こう。」
空室のマークを見つける。
誘われるがまま、付いていく。
どこに行ってるかは知らなかった。
アパートの玄関のような入り口に入ると自動支払い機があった。
洸は手慣れたように支払いを済ませる。
休憩時間2時間のボタンを押す。
「うわ、やっぱ。今日は特別価格なのね。ま、いっか。紬と一緒なら、それは惜しまない!」
「え、半分出す?」
「いいよ。俺が払うから気にしないで。お腹空いてない? ここ、ほら、ボタンでカップ麺買えるのよ。珍しいよね。あと、レンジでチンのフライドポテトとか…。」
「カップ麺だけで200円するんだね。」
「値段は気にしなくていいよ。払えるから。」
洸はハンガー掛けにジャケットを脱いで、空調の暖房スイッチを入れる。
「寒いよね。暖房つけておくよ。」
紬は物珍しいそうに部屋の中を散策した。ルームサービスのメニューや、テレビゲーム本体とゲームソフトを見つけたり、カラオケのマイク、ボタンを押すと部屋の中のキラキラしたものがカラフルになったり、ピンクになったり、ポチポチ押し始めた。
全部が物珍しいらしい。
「楽しいね。」
「そお?」
ふわふわのベッドの上に座って話す。気がつくとお風呂場の方へ行っていた。
大きくて丸い大理石のお風呂にはジャグジーがついていて、こちらもボタンを押すとキラキラとライトが変わる。
泡が出るボデイソープで、高級そうなボタニカル系シャンプー何かもあった。
「すごーい。豪華!ウチにはない。こんなの。」
「初めて記念日か。先、お風呂入る?」
洸はグレーの長袖Tシャツを脱いだ。
インナーとズボンだけになった。
「え!」
「入らないの?ジャグジー楽しいよ。」
「それは入ってみたい!」
恥ずかしさよりもジャグジーの方が興味津々だった。
近くにあったフェイスタオルを片手に体を隠して服を脱いで、洗い場に行く。
「んじゃ、体、洗い終わったら呼んで。俺、こっちで待ってるから。」
なるべく見ないようにして、部屋に戻った。
(急に脱ぐからびっくりした。恐るべし、ジャグジー作戦…。)
予想外に喜んでいることにご機嫌になる。すべてに置いてここに来ることが初めてだったため、物珍しいかったようだ。
鼻歌を歌いながら、泡たっぷりに体を洗う紬。
洸は、食べ物メニュー表をチラチラと見ながら、呼ばれるのを待っていた。
「洗ったよ~。」
シャワーで体を洗いながら、湯船にお湯を溜めた。よくわからないが、入浴剤らしきキューブのようなものを一緒に入れた。お湯を溜めているうちに泡がモコモコになってきた。
「キャー。」
「ど、どうかした??」
服のまま、扉を開けた。
「あ、ごめんなさい。泡立つと思ってなくて…。入浴剤だと思ったら、泡風呂でびっくりしてて。」
「なんだ。それならよかった。んじゃ、俺も入っていい?」
顔をブンブンと恥ずかしそうに大きく頷いた。
しっかりタオルで大事なところを隠して、洗い場に行く。
もこもこの泡に戯れて楽しそうだった。
ライトぽちぽちと押して、7色の
色の変化も楽しんでいた。
もちろん、ジャグジーも大活躍していた。
「楽しい!」
体を洗い終えた洸も湯船に入った。
「泡風呂はしたことなかったな!楽しいね。ほら。」
手についた泡を紬の鼻にくっつけた。
「白い鼻のトナカイみたい。んじゃ、お返し!」
紬は洸のあごに泡をたっぷりつけた。
「俺はサンタか?! 頭にもつけたら尚更、白い髪だなぁ。」
あまりにも楽しくて、だんだんと頬が赤くなり、ふらふらになってきた。
のぼせているようだった。
「大丈夫?顔赤いよ。」
「そろそろ、フラフラしてきた…。」
「ったく、もう。ちょっと待って、泡流すから、こっち来て!見ないから!」
「ふへぇ~。」
結構、限界に近いようだった。
洸は仕方なく、片目でお姫さまだっこして洗い場のお風呂椅子に座らせた。
シャワーを上からかけると同時に自分の体にもシャワーをかけて泡を落とした。
紬の目がぐるぐるしてしまっている。
脱衣所からバスタオルを持ってきて、体にぐるぐる巻きにした。
自分の腰にタオルを巻いて、そのままお姫さまだっこして、ベッドへ連れて行った。
その間にバスローブを準備し、自分と紬に着せた。
湯あたりしてしまったようで、まだ具合悪そうにしている。
自動販売機からミネラルウォーターを取り出した。
肩をポンとたたき、ペットボトルの水の蓋を開けて、水分補給させた。
「ほら、飲んで。」
「うん。」
少し落ち着いたのか。
渡された水をグビグビ飲んだ。
まだフラフラするようで、また横になった。バスローブ着ていることにびっくりした。
「あれ? 着替えてる?」
「あ、ごめん。裸では困ると思って着せたよ。見てないから!!目つぶってやったから!!」
無理に等しいことを言っている。多少は見えると思いながら、ぐったり横になった。
「うそ、少し見ちゃった。」
舌をぺろっと出す。
「えー。嘘つき。」
目線を合わせて、同じように横になって見つめ合った。
「いいじゃん。どーせ、全部見るから。」
「恥ずかしい!」
バスローブで顔を全部隠した。
「今更~。」
洸のスイッチが入ったらしく、じわじわと太ももの足に手を入れ始めた。
「上がダメなら下がありますー。」
足をさらに縮めて体を隠した。
ころころの雪だるまのようにまんまるになった。
「雪だるまみたいだね。」
その言葉に面白くなったのか、顔をチラッと出した。
のぼせはいつの間にか落ち着いたらしく、正気に戻った。
顔を出した瞬間にはもう遅かった。
洸の顔が目の前に迫っていた。
上唇をパクッとくわえられた。
足先から頭の先までブワッと鳥肌が立った。
ヘタっと体の力が抜けた。
もう自分から体を動かすことは不可能だった。
全て洸に身をゆだねた。
抵抗することなく、流れに任せた。
体は正直で敏感に反応する。
息遣いが荒くなる。
洸の汗が身近に感じられる。
精神的にも肉体的にも受け入れられたかにその時は思っていた。
洸の望むものを満たすことができたのか。
洸は、幸せの絶頂に達することができ、この上なかった。
その気持ちは紬と同じだと思っていた。
紬は望んでいたはずなのに、最後までやり切る前に何故か涙が止まらなくなった。
声を出さずに泣いていた。
本当の自分に気づいた。
布団を握りしめて、顔を隠した。
「ごめん、痛かった?」
「ううん。痛くないよ。」
「泣いてるよ?」
指で涙を拭ってあげた。
「ご、ごめんなさい。やっぱり洸さんの気持ちにこたえられない。」
交わってる最中にも洸ではなく、自然と頭の中で思い描くのは陸斗だった。
忘れようとしていたが、忘れられない。
洸を好きになりかけていた。
好きだと思い込んでいた。
でもそれはスリルを味わいたいだけだったかもしれないと思った。
事が済んで満足してしまった感じもある。
紬は脱衣所に行って服に着替えた。
来ていたバスローブをカゴに入れた。
荷物をまとめて何も言わずにドアを開けて、部屋を後にした。
洸は、紬の言動に信じられず、せっかく一緒の時間を過ごせたのにここで断られるのはショックすぎて何も話せなかった。
ボーッとベッド上でスマホを片手に電話した。
表示した名前は『森本美嘉』だった。
「美嘉? 今から会える?」
『うん。どうしたの?バイト終わった??』
「そう。今から行くから待ってて。」
突然失った寂しさを埋めたくて仕方なかった。1人になりたくない。
自分でも気づいていた。
欲しくて欲しくてたまらないオモチャを手に入れると案外そこまで思い入れがなかったとあっさりした感じになる。
熱しやすく冷めやすい。
紬と洸は同じ気持ちになっていた。
手に入れた瞬間にしゅんと気持ちが下がる。
絶頂期を通り越して、ふもとに一気におりてきた登山のようだった。
本当に大切なものがあるんだと改めて気付かされる。
「いらっしゃいませ。」
「すいません、クリスマスケーキを予約していたんですが…。」
「ご予約ですね。控えのチケットはお持ちでしょうか?」
小さなお子さま連れで訪れたのは髪の長い女性だった。親子なんだろう。バックから財布を出し、予約チケットを探して、レジ横に置いた。
「これ、ですよね。」
「あ、はい。そうですね。ただいま確認してまいりますので、こちらでお待ちください。」
陸斗はバックヤードに保管していたクリスマスケーキのボックスと、ローストチキンやオードブルのパックを持って、出てきた。レシートと控えを何度も確認する。
「お客様、お待たせいたしました。商品はこちらのケーキとオードブルでお間違えないでしょうか。」
レジ横の棚に商品を置いて、確認してもらった。
「はい。大丈夫です。金額はおいくらですか?」
「はい、ただいまバーコードを読み取らせていただきますね。予約した方の特典で無料でお飲み物を選ぶことができますが、どちらになさいますか?」
「えっと,コーラでお願いします。」
「はい、承知いたしました。こちらですね。」
「えー、私オレンジジュースがいい!」
「分かったから、別で買ってあげるから。とりあえずこのコーラと…このオレンジジュースもお願いします。」
慌てて近くにあった紙パックタイプのオレンジジュースを棚に置いた。陸斗はスキャナーでバーコードを読み込ませた。
「こちらも合わせまして、合計で7856円です。お支払いはこちらの画面からお選びください。」
レジの画面のボタンを誘導させると、バーコード決済を選んだため、スキャナーでスマホ画面のバーコードを読み取った。シャリンという音とともにお支払いは完了した。
「ハッピークリスマス!」
頭にはサンタ帽子をかぶっていた陸斗は店長が用意した小さなキャンディを女の子に渡した。
「あ、ありがとうございます。」
「素敵な夜を~!」
営業スマイルバリバリで女の子に手を振ると恥ずかしそうにこちらに手を振ってくれた。
「お母さん、あのお兄ちゃん、かっこいいね。」
「え、そう?」
そう言いながら、自動ドアを開けてお店を出ていく。
こうやって、お客様に笑顔を振りまいて、クリスマスの夜を祝うのも悪くないと、接客を続けた。
自宅でローストチキンやクリスマスケーキを予約しているお客さんも少なくなかった。
「陸斗~、予約してるお客様で、ローストチキン忘れてた方いたみたいだけど、お前んとこ、大丈夫だった?バックヤードに1パック残ってたよ。控えの紙には今日の日時書いてあんだけど…。」
「え、マジで? 予約の名前は何ていうの?」
「えーー…木村様だね。午後7時って書いてるけど、今はもう午後8時過ぎてるなぁ。このローストチキン1人分だから、食べる時喧嘩になってないと良いけど…。」
「うそ、その人の全部の注文分かる?」
「あー、多分。レジスターに予約履歴残ってるじゃない?…ちょっと待って…えっと、ローストチキンの手持ちが4つ、ボールケーキ、オードブルだよ?」
「ヤバっ、その人,俺,接客してたわ。ちょっと、お届けしに行ってはダメかな?店長、今どこ?」
「マジか!? 今、バックヤードにいたよ。」
「悪い,ちょっとレジ応対頼む。」
「お、おう。」
陸斗はバックヤードにいる店長に声をかけて、確認をした後,さっき渡しそびれたお客様に電話をし、直接届けてもいいか確認した。
陸斗は、会社の車を借りて、ローストチキンを自宅にお届けしに行くことになった。
更衣室から免許証が入った財布をとって、ダウンを制服の上から着て商品を抱えながら車に乗り込む。
とあるアパートの部屋のドアについて、チャイムを鳴らす。
「こんばんは。さきほど電話しました。エイトマートの大越です。ローストチキンをお届けに来ました。」
「はーい。」
ドアがガチャと開いた。
さっき会った小さな女の子が出迎えてくれた。
「ごめんね、お母さんに伝えてほしいんだけど、コレはお詫びの印何だけど受け取ってくれるかな?」
陸斗は、ローストチキンの他に大きいペットボトルのオレンジジュースを追加で袋に入れていた。
「あ。サンタお兄ちゃんだ。あれ、帽子かぶってないの? ありがとう。みほの好きなオレンジジュースだ!」
奥からお母さんが出てきてくれた。
「わざわざすいません。私も気づかずに申し訳ありません。ありがとうございます。」
「いえ、私が気づかないで渡してしまいまして、申し訳ありませんでした。こちらのジュースはお店からのサービスです。それじゃぁ、失礼します。」
「あ、待ってください。娘が…。」
陸斗は立ち去ろうとすると、奥の方から女の子は持ってきた。
「これ、お兄ちゃんにあげる!」
折り紙で作ったサンタとトナカイをくれた。
「あと、これ。」
ポケットから大事そうに手に集めたキラキラ石を取り出した。青とピンクのオモチャの宝石だった。
「これね、スライムを冷凍庫で凍せたものなの。たくさん作れるからお兄ちゃんにあげるね!」
「あ、ありがとう。」
目の高さに合わせて屈んでいた陸斗は女の子のプレゼントにきゅんとした。
「ごめんなさいね。子ども相手してくれてありがとう。みほも喜ぶわ。クリスマスもお仕事でお疲れ様。」
立ち上がってお辞儀して、手を振ってお別れした。
帰り道、女の子からもらったサンタとトナカイ、宝石のようなオモチャをバックの中に大事に入れておいた。
思いがけないクリスマスプレゼントに心がホクホクした。
仕事のミスはしたけれど、とても心が豊かになった。
バイト先に行く途中に見えた光のページェントはドス黒い暗い気持ちから、キラキラと明るい気持ちで見ることができた。
何かいいことがありそうだとウキウキしながら、戻った。
***
バイクを地下駐車場にとめるとヘルメットを外して、着ていた服を整えた。
「そういえば、なんでバイクなの? 前、車を運転してたよね。」
「んー、何となく。ヘルメットかぶっている方が、外から誰か分からないじゃない。車だと見えるっしょ。あと、車は俺の車じゃないからね。親が乗っていたものだから。ごめん、ダサいよね。」
「…ううん。別に、何か理由あるのかなと思って聞いてみた。」
(本当はいくらでも陸斗に近づきたいからだけど、言わないでおこう。)
洸はさりげなく、紬の右手を左手で握った。指と指が絡む恋人繋ぎだった。
「寒いからポケットにいれよう。」
手袋あるのにあえて、手を繋いでポケットに入れる。
温かった。
「光のページェントの時間が22時までだから、ちょうど今の時間だと人がまばらになるくらいらしいよ。」
「うん。」
「知ってる?」
「え?」
「ジンクスだけど、光のぺージェントに見に行くカップルは別れちゃうんだってさ。」
「そうなんだ。」
「でもさ、どんな状況になっても別れる人は別れるよね。全部ヒカペのせいにしたいんだよね。きっと。ま、俺らはどうなるかわかりませんけど…。ごめん、これから見に行くのに変なこと言った。」
洸は自信なんてこれっぽっちもなかった。今だって一緒にいて大丈夫かと心配になっている。
「先のことなんてわからないから気にしないかな。」
地下駐車場のエレベーターに乗って上のボタンを押した。
「そっか。どちらかといえば、気にしない方がいいね。」
方向転換してパッと手を離すと手繋ぐのではなく、紬は洸の腕に手をまわした。その方が落ち着くようだ。
エレベーターのドアが開く。
外に出るとそこはもう光のページェントのトンネルになっていた。
「わぁ、綺麗!」
思わず声が出た。
「だな。あっちの方行ってみる?」
「うん。」
右も左もケヤキの木にLEDライトがたくさん付いていて,幻想的に輝いていた。光そのものは星と違って人工的だが、綺麗であることは変わりない。噂によると、オレンジのライトの中に紛れて、ピンク色もあるらしい。紬はぐるぐると周りを見渡して、探していた。
天を仰ぐ。
「どこかな。」
「何してるの?」
バレリーナのごとくクルクル回る紬を追いかける。
「あ、あった。」
1本の木の上の方でピンク色に輝く光を見つけた。スマホのカメラで写して、写真におさめた。
「ほら、ピンク色だよ。」
「あ、本当だ。よく見つけたね。知らなかった。あるんだね。オレンジじゃないライトも。」
銅像を横にどんどん奥の方に進む。
周りにいるカップルや家族連れに紛れて、定禅寺通りを進んでいく。
光のトンネルは吸い込まれるようだった。
「こんなに綺麗だったって知らなかった。初めて来たから。」
「あー、そうだったんだ。俺は何回か来たことあったから知ってたけど…見慣れたかな。ピンクの光は知らなかったけどね!」
上を見上げるとちらほらと雪が降ってきた。一段と冷え込んでいる。
このまま、路面に雪が降りそうだ。
「雪、積もりそうだね。あたたまりに行こうか。」
洸はマフラーのように両肩に腕をまわした。
「そうだね。すごく寒い。どこに行くの?」
「こっち。」
洸は横断歩道に誘導して、国道の歩道から裏路地に抜ける道をどんどん歩いて行った。
ままや
車は渋滞していたが、歩行者たちは颯爽と歩いている。
時々クラクションが鳴っていた。
「今日、クリスマスだから、混んでるかもしんないなぁ。」
キラキラと街灯が光る建物が多かった。ピンクの看板や青白く光る看板があった。
「あ、ここなら開いてるみたい。行こう。」
空室のマークを見つける。
誘われるがまま、付いていく。
どこに行ってるかは知らなかった。
アパートの玄関のような入り口に入ると自動支払い機があった。
洸は手慣れたように支払いを済ませる。
休憩時間2時間のボタンを押す。
「うわ、やっぱ。今日は特別価格なのね。ま、いっか。紬と一緒なら、それは惜しまない!」
「え、半分出す?」
「いいよ。俺が払うから気にしないで。お腹空いてない? ここ、ほら、ボタンでカップ麺買えるのよ。珍しいよね。あと、レンジでチンのフライドポテトとか…。」
「カップ麺だけで200円するんだね。」
「値段は気にしなくていいよ。払えるから。」
洸はハンガー掛けにジャケットを脱いで、空調の暖房スイッチを入れる。
「寒いよね。暖房つけておくよ。」
紬は物珍しいそうに部屋の中を散策した。ルームサービスのメニューや、テレビゲーム本体とゲームソフトを見つけたり、カラオケのマイク、ボタンを押すと部屋の中のキラキラしたものがカラフルになったり、ピンクになったり、ポチポチ押し始めた。
全部が物珍しいらしい。
「楽しいね。」
「そお?」
ふわふわのベッドの上に座って話す。気がつくとお風呂場の方へ行っていた。
大きくて丸い大理石のお風呂にはジャグジーがついていて、こちらもボタンを押すとキラキラとライトが変わる。
泡が出るボデイソープで、高級そうなボタニカル系シャンプー何かもあった。
「すごーい。豪華!ウチにはない。こんなの。」
「初めて記念日か。先、お風呂入る?」
洸はグレーの長袖Tシャツを脱いだ。
インナーとズボンだけになった。
「え!」
「入らないの?ジャグジー楽しいよ。」
「それは入ってみたい!」
恥ずかしさよりもジャグジーの方が興味津々だった。
近くにあったフェイスタオルを片手に体を隠して服を脱いで、洗い場に行く。
「んじゃ、体、洗い終わったら呼んで。俺、こっちで待ってるから。」
なるべく見ないようにして、部屋に戻った。
(急に脱ぐからびっくりした。恐るべし、ジャグジー作戦…。)
予想外に喜んでいることにご機嫌になる。すべてに置いてここに来ることが初めてだったため、物珍しいかったようだ。
鼻歌を歌いながら、泡たっぷりに体を洗う紬。
洸は、食べ物メニュー表をチラチラと見ながら、呼ばれるのを待っていた。
「洗ったよ~。」
シャワーで体を洗いながら、湯船にお湯を溜めた。よくわからないが、入浴剤らしきキューブのようなものを一緒に入れた。お湯を溜めているうちに泡がモコモコになってきた。
「キャー。」
「ど、どうかした??」
服のまま、扉を開けた。
「あ、ごめんなさい。泡立つと思ってなくて…。入浴剤だと思ったら、泡風呂でびっくりしてて。」
「なんだ。それならよかった。んじゃ、俺も入っていい?」
顔をブンブンと恥ずかしそうに大きく頷いた。
しっかりタオルで大事なところを隠して、洗い場に行く。
もこもこの泡に戯れて楽しそうだった。
ライトぽちぽちと押して、7色の
色の変化も楽しんでいた。
もちろん、ジャグジーも大活躍していた。
「楽しい!」
体を洗い終えた洸も湯船に入った。
「泡風呂はしたことなかったな!楽しいね。ほら。」
手についた泡を紬の鼻にくっつけた。
「白い鼻のトナカイみたい。んじゃ、お返し!」
紬は洸のあごに泡をたっぷりつけた。
「俺はサンタか?! 頭にもつけたら尚更、白い髪だなぁ。」
あまりにも楽しくて、だんだんと頬が赤くなり、ふらふらになってきた。
のぼせているようだった。
「大丈夫?顔赤いよ。」
「そろそろ、フラフラしてきた…。」
「ったく、もう。ちょっと待って、泡流すから、こっち来て!見ないから!」
「ふへぇ~。」
結構、限界に近いようだった。
洸は仕方なく、片目でお姫さまだっこして洗い場のお風呂椅子に座らせた。
シャワーを上からかけると同時に自分の体にもシャワーをかけて泡を落とした。
紬の目がぐるぐるしてしまっている。
脱衣所からバスタオルを持ってきて、体にぐるぐる巻きにした。
自分の腰にタオルを巻いて、そのままお姫さまだっこして、ベッドへ連れて行った。
その間にバスローブを準備し、自分と紬に着せた。
湯あたりしてしまったようで、まだ具合悪そうにしている。
自動販売機からミネラルウォーターを取り出した。
肩をポンとたたき、ペットボトルの水の蓋を開けて、水分補給させた。
「ほら、飲んで。」
「うん。」
少し落ち着いたのか。
渡された水をグビグビ飲んだ。
まだフラフラするようで、また横になった。バスローブ着ていることにびっくりした。
「あれ? 着替えてる?」
「あ、ごめん。裸では困ると思って着せたよ。見てないから!!目つぶってやったから!!」
無理に等しいことを言っている。多少は見えると思いながら、ぐったり横になった。
「うそ、少し見ちゃった。」
舌をぺろっと出す。
「えー。嘘つき。」
目線を合わせて、同じように横になって見つめ合った。
「いいじゃん。どーせ、全部見るから。」
「恥ずかしい!」
バスローブで顔を全部隠した。
「今更~。」
洸のスイッチが入ったらしく、じわじわと太ももの足に手を入れ始めた。
「上がダメなら下がありますー。」
足をさらに縮めて体を隠した。
ころころの雪だるまのようにまんまるになった。
「雪だるまみたいだね。」
その言葉に面白くなったのか、顔をチラッと出した。
のぼせはいつの間にか落ち着いたらしく、正気に戻った。
顔を出した瞬間にはもう遅かった。
洸の顔が目の前に迫っていた。
上唇をパクッとくわえられた。
足先から頭の先までブワッと鳥肌が立った。
ヘタっと体の力が抜けた。
もう自分から体を動かすことは不可能だった。
全て洸に身をゆだねた。
抵抗することなく、流れに任せた。
体は正直で敏感に反応する。
息遣いが荒くなる。
洸の汗が身近に感じられる。
精神的にも肉体的にも受け入れられたかにその時は思っていた。
洸の望むものを満たすことができたのか。
洸は、幸せの絶頂に達することができ、この上なかった。
その気持ちは紬と同じだと思っていた。
紬は望んでいたはずなのに、最後までやり切る前に何故か涙が止まらなくなった。
声を出さずに泣いていた。
本当の自分に気づいた。
布団を握りしめて、顔を隠した。
「ごめん、痛かった?」
「ううん。痛くないよ。」
「泣いてるよ?」
指で涙を拭ってあげた。
「ご、ごめんなさい。やっぱり洸さんの気持ちにこたえられない。」
交わってる最中にも洸ではなく、自然と頭の中で思い描くのは陸斗だった。
忘れようとしていたが、忘れられない。
洸を好きになりかけていた。
好きだと思い込んでいた。
でもそれはスリルを味わいたいだけだったかもしれないと思った。
事が済んで満足してしまった感じもある。
紬は脱衣所に行って服に着替えた。
来ていたバスローブをカゴに入れた。
荷物をまとめて何も言わずにドアを開けて、部屋を後にした。
洸は、紬の言動に信じられず、せっかく一緒の時間を過ごせたのにここで断られるのはショックすぎて何も話せなかった。
ボーッとベッド上でスマホを片手に電話した。
表示した名前は『森本美嘉』だった。
「美嘉? 今から会える?」
『うん。どうしたの?バイト終わった??』
「そう。今から行くから待ってて。」
突然失った寂しさを埋めたくて仕方なかった。1人になりたくない。
自分でも気づいていた。
欲しくて欲しくてたまらないオモチャを手に入れると案外そこまで思い入れがなかったとあっさりした感じになる。
熱しやすく冷めやすい。
紬と洸は同じ気持ちになっていた。
手に入れた瞬間にしゅんと気持ちが下がる。
絶頂期を通り越して、ふもとに一気におりてきた登山のようだった。
本当に大切なものがあるんだと改めて気付かされる。