成長した年下王子は逃げたい年上妻を陥落させる
 よくよく見ればリシャールのプラチナブロンドの髪は乱れ、騎士団の正装である金鋲と豪奢な刺繍で飾られたぴっちりした服も、どこか埃っぽい。かなり急いで帰ってきたらしい。

「早くコルネリアに会いたくて、護衛たちを置いて帰ってきてしまいました」

 聖歌隊の少年が歌うように柔らかだった声は、すっかり声変わりをして、耳に心地の良いテノールボイスになっている。所作も優雅で美しい。
 リシャールは、ピエムスタ共和国の遊学を経て、非の打ち所がない、立派な紳士となって帰ってきたのだ。

――ああ、わたくしは、いつまで経ってもリシャールだけはずっと子供でいてくれると、思い込んでいたのかもしれない。3年の時が経ってもなお、リシャールは可愛い坊やだと思い込みたかったんだわ。

 相手はもう、かつて弟のように可愛がっていた『リシャール坊や』ではない。この土地の新しい領主なのだ。あまりなれなれしいのも良くない。――それに、近々コルネリアは彼に離縁を申し込む気でいるのだ。
 コルネリアは居ずまいを正すと、深々と腰を折った。

「エツスタンの真の領主に、ご挨拶申し上げます。ようこそお帰りなさいました、リシャール様」
「ただいま戻りました、コルネリア。元気そうで何よりです。しかし、久しぶりに夫に会うっていうのに、そんな質素な服を選ぶなんて」

 コルネリアに向けられた親しげな笑顔は、確かに懐かしいリシャールのもの。それなのに、コルネリアの心臓が、なぜだか()()にトクンと震えた。

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