成長した年下王子は逃げたい年上妻を陥落させる
――こんな雰囲気では、リシャールに離縁の話を切り出せないわ。

 リシャールのことを思って離縁の申し入れをしようとしているとはいえ、さすがにタイミングというものがある。コルネリアはずっとそのタイミングをうかがっていた。

「これから、どうしようかしら――」
「窓は閉めましたか? 今夜はおそらく雨になりますよ」
「きゃっ」

 一人きりだったはずの部屋で急に話しかけられて、コルネリアは身をすくめる。コルネリアの背後にいたのは、いくぶんくつろいだ格好をしたリシャールだった。
 コルネリアは慌ててゆったりとしたネグリジェの胸元を引き寄せる。彼女の愛用している夏用のネグリジェは、体のラインがでてしまう薄いものだった。理想的な淑女であれば、間違っても男性に見せるようなものではない。

「の、ノックをしてください!」
「しましたよ。返事がないので勝手に入りましたが」

 リシャールは悪びれもなくさらりと答えた。窓から入った月の光に照らされた恐ろしく整った風貌には、暗鬱な陰影が見え隠れしている。
 見覚えのある懐かしい表情にコルネリアは眉をひそめた。

――この表情は、確かリシャールが泣く前の……。

 コルネリアは半ば条件反射的にリシャールに歩み寄り、そっと頬に触れる。

「……何か悲しいことでも?」

 コルネリアはリシャールに訊ねる。かつてそうしてきたように、優しく、子供をあやすように。
< 16 / 30 >

この作品をシェア

pagetop