スイート×トキシック
第一章 Heaven or Hell…?

第1話


 放課後の喧騒(けんそう)が空気を揺らしていた。

 本校舎の1階にある自販機横の窓からは、中庭を挟んで向こう側の廊下が見える。

 職員室前であるそこには、担任の宇佐美(うさみ)先生の姿があった。
 クラスの女子生徒と何かを話しているようだ。

(宇佐美先生……)

 きゅ、とわたしは胸の前で両手を握り締める。
 あふれてこようとする気持ちをおさえ込むように。

 ────分かっている。
 生徒であるわたしが、先生を好きになっちゃいけないってことくらい。

 でも、想いというのは大概(たいがい)、気付いたら加速の一途を辿って歯止めが効かなくなるものだ。

 まるで気付かれるのを待っていたかのように、これ見よがしに止まらなくなる。

「…………」

 ずき、と心が痛んだ。

 女の子と話す先生を見ていると、何だかもやもやして苦しい。

 やきもちは本当に余計な仕事をしてくれる。
 好きって気持ちを助長させていくから。



(あ、笑った)

 ガラス越しでも、距離があっても、その笑顔はよく見えた。

 ……珍しいな、先生が笑うなんて。
 いつもはクールで硬派(こうは)な感じなのに。

 そんなことを考えながら、わたしは不意に始業式の日を思い出した。

『今日から君たちの担任になった宇佐美颯真(そうま)だ。1年間よろしく』

 最初はただ、冷たい印象を受けた。

 わたしたちとそれほど年は離れていないようだが、必要最低限のことを淡々と事務的に話すだけ、といった具合だ。

 どこか高圧的で、近寄りがたい雰囲気をまとっているように感じられた。

 でもそのルックスからか、いつしか女の子たちの間で人気が出始めた。

 “宇佐美先生ってかっこいいよね”なんて話を聞かない日はないくらい。

 わたしは怖い先生だと思っていたから、そのときは首を傾げるばかりだったけれど────。

 きっかけは、テスト返しの行われたある日のことだった。

 先生の担当である数学のテストで、94点を取ったことがあった。
 苦手科目だったが、一生懸命勉強した結果が出たのだ。

 内心「やった」と喜びながら、つい顔を綻ばせるわたしに、先生が声をかけてくれた。

「よく頑張ったな、日下(くさか)

 いつもは何の色もない顔に、優しい微笑みが浮かんでいた。
 初めて見る先生の笑顔だった。

 びっくりした。
 まさか、先生が褒めてくれるなんて思わなくて。

 すっかり心を奪われた。
 ────わたしは、先生に恋をしたんだ。



 ほかの女の子たちとは違う。
 わたしの気持ちは本物だ。

(あの笑顔も、ひとりじめ出来たらなぁ……)
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