スイート×トキシック
「…………っ、ごめん」
さっきのわたしみたいに呼吸を震わせ、戸惑うような眼差しをしていた。
遠慮がちに伸びてきた手が再びわたしの手を取る。
赤く染まった肌や爪痕を見て、指先でおずおずと撫でた。
ゆらゆら彷徨う瞳の焦点がわたしに定まる。
「ごめんね。俺、また……」
彼が悔いるように唇を噛み締めて項垂れ、場にわずかな沈黙が落ちた。
慌てて取り繕っているとか、そういうふうには見えない。
ただ自分の感情に素直なだけなのだと思う。
十和くんが手を滑らせ、互いの掌が重なった。
そうかと思えば、指を絡ませるようにして握られる。
「好きだよ、芽依」
「……うん」
「好き。ほんとに好き。だから……不安になる」
ぎゅう、と握られた手に力が込もった。
痛くはないけれど、何だか苦しい。
(ちょっと分かる気がする)
彼はずっと片想いを続けていて、わたしはそれを拒み続けてきて。
だからこそ、心が通じ合ったところで自信を持てないでいる。
わたしは今まで歩み寄る気も見せずに彼を拒絶していた。
ほかに好きな人がいたし、彼にされたことを許せなくて。
そんなわたしから想われるはずがない、と十和くんは心のどこかで諦めているのかもしれない。
まともな罪の意識を持ち合わせていると分かった今、尚さらありそうな可能性だった。
だったら、そう不安になるのも当然だ。
自信は不安の裏返し。
だからきっと何度もわたしを試していた。
「……よかった」
そう呟くと、彼が意外そうに顔を上げる。
「え?」
「十和くんも不安だったんだね。……わたしだけじゃなかったんだ」
彼と同じように手を握り返した。
強く握り締められるほど、必要とされているみたいで嬉しくなる。
「あのね。わたし怖くないよ、十和くんのこと」
先ほどの質問に答える形で言った。
────怖くない。もう大丈夫。
“怖い”と思ってしまうのは、分からないからだ。
さっきまでは確かに怯えてしまっていた。
それは、十和くんの真意が読み取れなかったから。
わたしを責める心情を汲み取れなかった。
その行動の裏にあった“不安”という気持ちに気付けなかった。
そのせいで一方的に困惑して、傷ついて……。
だけど、分かってしまえば怖くなんてない。
理解が及んでしまえば、恐れる必要もない。
「だから何でも話して。わたしもそうするから。不安は抱え込まなくていいんだよ」
彼だって同じだろう。
分からないから怖くなる。
気持ちも恋心も愛情も、目に見えないから想像するしかなくて。
答え合わせは出来ないけれど、言葉を交わすことだけが手がかりなのだ。