スイート×トキシック
「……覚悟?」
「そう。自分のしたことに対する、ね」
わたしの手を握ったまま彼は目を伏せる。
「俺には最初から、芽依の日常を奪う資格なんてなかったんだから……だからさ────」
唇を噛み締め、そこで言葉を切った。
その先に何を言おうとしたんだろう。
(わたしに結末を委ねたいの?)
通報して助けを求めるも、この家から逃げ出すも、このままここに留まるも、わたしの自由だ。
誘拐に監禁。暴力。殺人未遂。
自分のしたことを罪だと感じているのなら、わたしに選択させることがせめてもの償いだと思っているのかもしれない。
「ほんとの意味で信じたい」
彼の眼差しを真正面から受け止める。
「今の俺に出来ることってそれしかないよね」
「十和くん……」
「どんなものでも、芽依の選択に従う」
澄みきった瞳に迷いや不安はなくなっていた。
眉頭に力を込め、眉を下げる。
「……今までごめん。俺のわがままに付き合わせて」
する、と手が離れていく。
わたしは何も言えないまま、立ち上がった彼を見上げた。
先ほど言っていた“覚悟”の意味が分かった気がする。
(向き合うことにしたんだ)
『……そうやって、気に入らないことはぜんぶ拒絶するんだね。いつもいつも、わたしの言うことは最後まで聞かないで』
いつか、わたしが裏切って彼と衝突したときのことを思い出す。
この誘拐に始まって、最初からずっと十和くんは現実から逃げようとしていた。
わたしと、この小さな“お城”に閉じこもることで。
しかしそれが間違っていることだと、悪いことだと自覚があるから、自分を責める言葉のすべてを拒絶していた。
そのときの彼にとって、そういう都合の悪い言葉を受け入れるのは、この生活を壊してわたしを手放すことを意味していたのだ。
(……でも、十和くんは変わった)
ちゃんとわたしの言葉を聞いて、反省するようになった。
目を背けないで、現実と向き合って、認めることにしたのだろう。
この日々に終わりがあることを。
わたしたちの立場や関係性を。
『この時間がずっと続けばいいのに』
夢は所詮、夢だ。
いつか覚めたら、幻みたいに消えてなくなる。
出来れば、見ないふりを続けていたかった。
先延ばしにして考えたくなかった。
けれど、十和くんが決めた以上、わたしも選ばなきゃいけない。
同じように、現実と向き合う覚悟を決めなくちゃならない。