スイート×トキシック

 思わずそう言った後、はっと失言に気が付いた。
 死んでいる、ではなく、殺されている、と言ったのは完全に無意識だった。

 しかし宇佐美は気付かないだろう。
 気付いたとして、自分を怪しめないだろう。

 誤魔化すようにペットボトルを(あお)ると、一拍置いて彼が言う。

「……そういえばお前、また俺の車使っただろ」

「え」

 思わぬ言葉に心臓が跳ねた。
 確かに無断で使ったが、それはもうひと月近く前のことだ。

「無免許運転は犯罪だぞ。俺が何でも甘やかすと思うなよ。いつでも庇えるわけじゃない」

「うわー……何で分かったの?」

 使ったのは一瞬だったし、車も元に戻したが、なぜ分かったのだろう。

「苺ミルクのペットボトル。後部座席の足元に転がってた」

 十和は一瞬呼吸を忘れた。

 それは間違いなく、芽依に渡した睡眠薬入りのものだ。
 うっかりしていた。回収することをすっかり失念していた。

「……飲んだの?」

「いや、捨てた。あのとき(、、、、)も言っただろ、甘いのは苦手だって」

 それがいつを指すのか分からないわけがなかった。
 芽依を誘拐した当日のことだ。
 放課後、確かにここでそんなやり取りを交わした。

「……はは、そうだったね。ていうかそれは昔からだし知ってるよ」

 余裕ぶってみるが、声が硬くなった。
 ────もしや、探られているのだろうか。

 平気だ、と思い直す。
 何だかんだで甘い彼に自分を本気で疑うことは出来まい。

「まったく……」

「ごめんー。もう迷惑かけないから許してよ、颯真」

「何が“颯真”だ。弟のくせに生意気だな」

 自分たちの関係を忘れたわけではなかった。
 彼にとっての自分が何なのかも知っている。

 しかし、不意に突きつけられた現実に、さすがに心を(くじ)かれそうになる。

「……そうだね。ごめん、兄貴」

 十和は儚げに笑った。
 この痛みは何度味わっても慣れない。



 ふと、窓の外に目をやる。
 職員室前の廊下に立っている女子生徒に気が付いた。

 熱っぽく真剣な視線と、その目が映し出すものが何なのかを、十和はいち早く察する。

「…………」

 ひっそりと目を細めた。

 ────次は、あの子だ。



【完】
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