スイート×トキシック
(でも、確かに……)
考えてみればそれほど不自然な判断でもないように思えてきた。
わたしが“誘拐”という異常な形で姿を消したことが明るみに出て、朝倉くんまで学校に行かなくなったら、関連を疑われてもおかしくない。
だからこそ彼はあくまで普段通りを装い、それを貫くつもりでいるのだ。
(……待って)
彼が家を空けるということは、脱出のチャンスが増えるということかもしれない。
監視の目がないのなら、あの部屋から出てさえしまえばこっちのものだ。
希望ともいえる閃きに鼓動が速まる。
その瞬間、首筋にひんやりと冷たさが走って息を呑んだ。
「!」
「芽ー依ちゃん。分かってるよね?」
その温度の正体ははさみの刃だろう。
気がついた途端、身体が硬直した。
「面倒なことしないでね。俺から逃げられるわけがないんだからさ」
そっと、耳元で囁かれる。
低めた声とかかる吐息に、ぞくりと肌が粟立つ。
おののいて、ばくばくと跳ねる心臓を必死でおさえる。
どうしてこうも思考が筒抜けなんだろう。
……怖い。
心が、その感情一色に染まっていく。
あてがわれた刃先に怯えながら、何とか部屋へ辿り着いた。
目隠しが外れると、代わりに足首を結束バンドで拘束される。
結局、両足が解放されるのはお手洗いに行くタイミングのみのようだ。
一方の手錠は最早、手首に馴染みつつあった。
朝倉くんはドアの取っ手に手をかけ、振り向いた。
「じゃあ、そろそろ行くね。お腹すいたらそれ食べていいから」
昨日のビニール袋を指しつつ言う。
そこにはまだ手つかずのお茶とおにぎりが入っている。
「行ってきまーす」
彼が背を向けた瞬間、弾かれたように顔を上げた。
「ねぇ!」
つい、引き止めるように声を上げてしまった。
馬鹿なことはしないつもりだったのに、下手なことは口にしないつもりだったのに、どうしてこんな行動を取ったのか自分でも戸惑う。
「ん?」
振り返った朝倉くんは、こてんと首を傾げている。
「あ、あの……」
躊躇して、視線が彷徨う。
最初に状況を悟ったときの絶望感と、鋭いはさみの切っ先をつけつけられた危機感と、底知れない彼への恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざり合った。
もう、後には引けない。
「助けて」
わたしの中の理性がぐらつき、かろうじて保っていた冷静さが蜃気楼のように揺らいで溶け去る。
「誰にも言わないから助けて! もうやめようよ、こんなこと……」