スイート×トキシック

「……本当は喧嘩したの、わたしたち。みんなで集まった日の前日」

「……何で?」

 そう聞き返すと彼女は勢いよく顔を上げたが、またすぐに俯いた。
 言いづらそうに答える。

「紗奈が“明日、好きな人に告白する”って言うから……。わたしもその人のこと好きなのに」

「え?」

「分かってる、子どもっぽいよね。でもついカッとなってひどいこと色々言っちゃった。あの子、気が弱いから、たぶんそのせいで────」

 彼女の安否を誰より気にしていた理由が分かった。
 だが、それこそ幼稚と言わざるを得ない結論だろう。

「落ち着け。そんなことで1週間以上も音沙汰がないのは不自然だ」

「“そんなこと”って。元はと言えば颯真のせいで……」

 はっとしたように穂乃香は言葉を切ったが、その意味はよく分からなかった。

「何言って────」

「好きなんだよ。わたしも紗奈も、颯真のこと。“好きな人”ってあんたのことなの!」

 そう言い、彼女は顔を(そむ)ける。

 勢い任せに告げられた内容に、しばらく理解が追いつかなかった。
 今までまったく気が付かなかった。

「……もういいよ。颯真が行かないならわたしひとりで行くから」

 (きびす)を返した彼女を呆然(ぼうぜん)と見送りかけ、はたと我に返る。

「待てって」

 慌てて引き止めるが、相当強く決意を固めているらしく一切振り返らなかった。

 夜風にワンピースの裾が舞う。
 靴音が遠ざかっていく。



 俺が彼女を見たのは、それが最後だった。



*



「…………」

 シューズロッカーを眺め、ため息をつく。
 今日も今日とて封筒が入っていた。ここのところ毎日だ。

 また手紙だろうか。
 車でひっそり確かめるのも億劫(おっくう)になり、俺はその場で開封した。

「は……?」

 中身は手紙ではなかった。写真だ。

 束になった1枚1枚を素早く確かめる。
 そのどれもが俺を盗撮したもののようだった。

(何だよ、これ)

 ぞっとした。
 恐怖心と嫌悪感が込み上げ、思わず顔をしかめる。

 気味が悪い。
 相手の意図がまったく分からない。

 俺を困らせ、その様を眺めて楽しんでいるのだろうか。

 頭を抱えてしまう。

 友人の音信不通、不気味な手紙と盗撮写真────妙なことが立て続けに起きて、何から手をつければいいのか分からなくなる。

(十和……)

 手紙については任せてくれ、と頼もしいことを言ってくれたが、進捗(しんちょく)はどうなっているのだろう。

(今日、この間の埋め合わせをするか)

 帰りに材料を買って彼の家へ寄ろう。
 ……少し頭の整理もしたい。
< 151 / 187 >

この作品をシェア

pagetop