スイート×トキシック
すっかり夜になってしまった。
駐車場へ向かい、いつも通り車に乗り込んだとき、不意に違和感を覚える。
「ん?」
座席位置が変わっているような気がする。
わずかなものだが、普段と感覚が違う。
自分で動かした覚えはない。
(まさか、手紙の送り主が……?)
咄嗟に過ぎり、皮膚が粟立った。
不快感と嫌悪感が肌をなぞり、血の気が引いた。
(いや、待て。さすがにないだろ)
キーは鞄の中に入れていた。
そしてその鞄はずっと職員室に置いてあった。
生徒が容易に持ち出せるわけがない。
絶対にほかの教員の目に触れる。
それ以外で俺の荷物に触れる隙があったのは、友人か十和くらいか……。
そんなことを考えながらダッシュボードを開けてみる。
そのうちちゃんと隠すなりしないといけないな、と思いつつも入れっぱなしにしていたスペアキーがなくなっていた。
俺はスマホを取り出し、電話をかけてみる。
彼を疑っているわけではないが、確かめておけば可能性を絞り込める。
『もしもしー』
気の抜けたような友人の声が聞こえた。
「もしもし、海斗。聞きたいことがあるんだが……」
『何? 今から彼女とデートだから手短に頼むな』
声のほかにごそごそと物音がしている。
通話をスピーカーにして準備しているらしい。
「ああ、悪い。この前の飲み会の日、俺の車乗ったりしたか?」
『え、してないけど……。酒飲んでたし』
「……そうだよな」
『おう。でも何で? 何かあったか?』
普段通りの明るい声を聞き、俺もいくらか平静を取り戻した。
「いや、気にするな。それより変わったことはないか」
『変わったことー?』
うーん、と考え込む。
『特にないと思うけど。あ、もしかしてあいつらのことか?』
未だに連絡のつかない友人ふたりのこと。
紗奈を捜そうと躍起になっていた穂乃香ともコンタクトが取れなくなった。
さすがに不自然と言わざるを得ない。
『何だよ、お前まで深刻ぶって……。大丈夫だって! 仲直りしてふたりで旅行でも行ってんじゃね?』
「そうか……?」
確かにこれまでも毎日頻繁に連絡を取り合っていたわけではないし、行動を逐一報告し合う義理もない。
気にし過ぎだと言われればそうかもしれないが、何ともなかったのならひとことくらいあってもいいのに。
『とりあえず切るぞ。もう行かねぇと』
「ああ、悪かったな。また」
通話を終え、息をつく。
こうなった以上、車を動かしたのは────。