スイート×トキシック
*
放課後、久しぶりに手が空いた。
職員室へ寄ってから教室に戻ると、十和が友人に手を振りつつ扉から出ていくところだった。
「朝倉」
すかさず引き止める。
ようやく話が出来そうだ。
「何? 先生」
振り向いた十和は緩やかに微笑み、首を傾げている。
想像していたよりずっと元気だ。
てっきり日下のことが心配で消沈していると思っていたが。
だとしてもこれほど暢気に構えていられるものなのだろうか。
やはり妙だ。
「日下のこと……何か知らないか」
大丈夫か、と案じるつもりが、気付けばそう尋ねていた。
車内で見かけた苺ミルクのペットボトルが脳裏をちらつく。
十和の顔から笑顔が消える。
「……芽依ちゃんのこと?」
「ああ。日下が行方不明になった日の放課後、お前と一緒にいただろう」
もしかすると、俺の知らない“その後”を知っているかもしれない。
(いや……)
知っているなら、真っ先に言うだろう。
十和が日下を心配していないわけがないのだから。
手がかりを惜しむはずがない。
そんなことを考えつつ、返答を待った。
彼は思い返すように一度宙を見上げる。
「確かに一緒にいたけどー……学校出る前に別れちゃったんだよね」
「ふたりで帰ったんじゃないのか?」
「ううん、帰ってない。あ、何なら確かめてみてよ。校門前って防犯カメラあるんでしょ?」
確かに、一緒に帰ったのだとしたら記録に残っているはずだ。
防犯カメラなら警察も確認しているはずだが、特に何の糸口も掴めていないようだった。
十和は嘘をついていないのだろう。
(……当たり前か)
ため息をつく。
日下に関して手がかりを得られなかったことには落胆してしまうが、十和の関与が決定的にならずに済んだことに安堵する。
「……そうだな。日下は下校中に何かに巻き込まれたのかも」
*
シューズロッカーを開けた。
ここを開けることに抵抗や恐怖がなくなっていることに気が付く。
そういえば、封筒が入っていることがなくなった。
(いつの間に……?)
それどころではない状況に見舞われ、すっかり忘れ去っていた。
ストーカーの気配は気付かないうちにどこかへ遠ざかったようだ。
本当に、十和が宣言通り何とかしてくれたということなのだろうか。
あるいは日下の一件を受けて怯んだ?
いずれにしても、これで日下の捜索に集中出来る。
友人たちのことも気がかりだ。それも確かめたいが────。
車に乗り込むと、ドリンクホルダーのペットボトルが目に入った。
そうだった。
これや車のことも十和に聞くべきだった。
その疑念を解消しない限り、覚えた違和感はきっと消えない。
「…………」
自宅へ入り、キッチンでペットボトルを眺める。
これほど気にかかるなら、今からでも聞けばいい。
普段なら迷わずそうするだろうが、事が事だけに踏ん切りがつかない。
十和の態度は不自然なものだし、看過出来ない痕跡まで残っている始末。
信じるためには疑ってかかるしかないのかもしれない。
表情の強張りを自覚しながら、俺はペットボトルの中身を流しに捨てた。
放課後、久しぶりに手が空いた。
職員室へ寄ってから教室に戻ると、十和が友人に手を振りつつ扉から出ていくところだった。
「朝倉」
すかさず引き止める。
ようやく話が出来そうだ。
「何? 先生」
振り向いた十和は緩やかに微笑み、首を傾げている。
想像していたよりずっと元気だ。
てっきり日下のことが心配で消沈していると思っていたが。
だとしてもこれほど暢気に構えていられるものなのだろうか。
やはり妙だ。
「日下のこと……何か知らないか」
大丈夫か、と案じるつもりが、気付けばそう尋ねていた。
車内で見かけた苺ミルクのペットボトルが脳裏をちらつく。
十和の顔から笑顔が消える。
「……芽依ちゃんのこと?」
「ああ。日下が行方不明になった日の放課後、お前と一緒にいただろう」
もしかすると、俺の知らない“その後”を知っているかもしれない。
(いや……)
知っているなら、真っ先に言うだろう。
十和が日下を心配していないわけがないのだから。
手がかりを惜しむはずがない。
そんなことを考えつつ、返答を待った。
彼は思い返すように一度宙を見上げる。
「確かに一緒にいたけどー……学校出る前に別れちゃったんだよね」
「ふたりで帰ったんじゃないのか?」
「ううん、帰ってない。あ、何なら確かめてみてよ。校門前って防犯カメラあるんでしょ?」
確かに、一緒に帰ったのだとしたら記録に残っているはずだ。
防犯カメラなら警察も確認しているはずだが、特に何の糸口も掴めていないようだった。
十和は嘘をついていないのだろう。
(……当たり前か)
ため息をつく。
日下に関して手がかりを得られなかったことには落胆してしまうが、十和の関与が決定的にならずに済んだことに安堵する。
「……そうだな。日下は下校中に何かに巻き込まれたのかも」
*
シューズロッカーを開けた。
ここを開けることに抵抗や恐怖がなくなっていることに気が付く。
そういえば、封筒が入っていることがなくなった。
(いつの間に……?)
それどころではない状況に見舞われ、すっかり忘れ去っていた。
ストーカーの気配は気付かないうちにどこかへ遠ざかったようだ。
本当に、十和が宣言通り何とかしてくれたということなのだろうか。
あるいは日下の一件を受けて怯んだ?
いずれにしても、これで日下の捜索に集中出来る。
友人たちのことも気がかりだ。それも確かめたいが────。
車に乗り込むと、ドリンクホルダーのペットボトルが目に入った。
そうだった。
これや車のことも十和に聞くべきだった。
その疑念を解消しない限り、覚えた違和感はきっと消えない。
「…………」
自宅へ入り、キッチンでペットボトルを眺める。
これほど気にかかるなら、今からでも聞けばいい。
普段なら迷わずそうするだろうが、事が事だけに踏ん切りがつかない。
十和の態度は不自然なものだし、看過出来ない痕跡まで残っている始末。
信じるためには疑ってかかるしかないのかもしれない。
表情の強張りを自覚しながら、俺はペットボトルの中身を流しに捨てた。