スイート×トキシック



「ごめんね、芽依ちゃん。お待たせ」

 慌てたふうを装って駆け寄る。
 律儀(りちぎ)に俺の言葉に従って、木の下で待ってくれていた。

「あ、ううん!」

「行こっか」

 パーカーは脱がないでおいた。
 彼女を車に乗せて運ぶとき、どうせまた着ることになる。

 聞かれたらこれが“忘れもの”だと言えばいい。
 そう思いつつ歩き出したが、芽依が口を開く様子はない。

 もう意識がぼんやりして、あまり頭が回っていないのだろう。
 気付いてすらいないかも。

「そういえば、前髪切った?」

 覗き込むようにして尋ねると、芽依は目を見張った。

「……え、凄い。よく気付いたね」

 前髪だけじゃなく、後ろの髪もひと(ふさ)くらい切ったはずだ。
 今日回収した封筒に入っていた。

(……ほんと、颯真が見なくてよかった)

 そう思うと同時に、何だか今になって腹が立ってきた。
 自身の前髪に触れた彼女の手を勢いよく掴む。

「爪も切ったんだ」

「な……」

 その顔に驚愕だけでなく、怯えたような色がさした。
 それを見て、ぞく、と身や心が痺れる。

「何で、知ってるの……?」

「こないだ芽依ちゃんにノート借りたでしょ? そのとき見たより短くなってるもん」

 正直なところ、どちらかと言えばそれは確信を得る材料の方だった。
 封筒に爪が入っていたから知っていただけ。

「芽依ちゃんのこと、ずーっと見てたから」

 にっこり微笑んで見せる。

「……っ」

 さっと青ざめて狼狽(うろた)える彼女はいい(ざま)だった。

 散々颯真をつけ回しておいて、いざ自分がつきまとわれていたと知ったら怖がるんだ。

(でも芽依の怯えた顔、凄く可愛い)

 もっと困らせてみたい。苦しめたい。
 そんな衝動が湧いてくる。

 何だか少しだけ、好きな人を追い詰めていた彼女の感覚が理解出来た気がした。

(好きな子いじめ、みたいな……?)

 しかし俺のこの愉悦(ゆえつ)みたいな感情は持ち合わせていないのだろう。
 ただ単に、純真な恋心をこじらせている。

 俺の場合は“仕返し”という気持ちもどこかにあった。
 颯真を困らせた分だけ、いじめてあげたい。

「ご、ごめん。わたし────」

 焦ったように後ずさった芽依が、不意にたたらを踏んだ。
 ふっと力が抜けたのを見て、一歩踏み込む。

「おっと」

 とさ、と伸ばした腕で受け止めた。
 もう逃げられない。逃がさない。

「あさくら、く……」

 その声は音にならなかった。
 腕の中で芽依が目を閉じる。

 完全に薬が効いたらしく、全体重を預けて寄りかかってきた。

「大丈夫。いい夢見せてあげるから、ちょっとだけ眠っててね」

 最後にはすべて奪うけれど、それまでは─────。

 芽依のすべてを受け入れて、肯定して、愛して、望むままにしてあげるから。
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