スイート×トキシック

「最初の頃は、必死で抵抗したり逃げようとしたりしてたのにねー」

 (あざけ)るように呟いたつもりが、声は思いのほか寂しげに滞空(たいくう)して消えた。

 そういう反抗的な態度はほかの女と変わり映えしなかった。

(だけど、途中から行動が予測不能になって面白かったなぁ)

 目を開け、弾みをつけて起き上がる。

 そうでもしないと何だか身体が重たくて、どんどん沈んでいくような気がした。

「…………」

 俺が人殺しだって気付いても、それでも好きだって、そばにいるって言ってくれたのも、芽依が初めてだった。

(ちゃんと俺のことを好きになってくれたか何度も試したけど……必要なかったかもね)

 そんなことを考えながら、再び監禁部屋へ戻る。
 今は布団が横たわっているだけ。

 洗濯するためにカバーを外した。
 まだ、香りが残っている気がする。

 俺のか、彼女のか、もう分からないけれど。

「あんなふうにさ、一緒に眠ったのも初めてだったんだよ。……芽依って大胆なとこあったんだね」



*



『……芽依、可愛い』

 あのとき、いつもみたいに触れて優位に立つつもりが、なぜか高鳴る鼓動に気付いて焦った。

 何これ、と困惑した。

(……緊張してる? 芽依相手に?)

 ふたりでいても、今までこんなことなかったのに。

 自分に戸惑い、距離をとって一旦落ち着こうと思ったのに、彼女にしてやられた。

『……ふふ』

 触れられて、速い心音に気付かれて、抱き締められて。
 すっかり芽依のペースに飲まれた。

(何で俺がこんな気持ちにさせられてんの)

 そう悔しい気もしたけれど、嫌じゃなかった。
 正直、悪くなかった。

『今日はこのまま寝よう』

 手を繋いだまま眠りに落ちたからか、目覚めるまで一時(いっとき)も寂しくなかった。

『おやすみ』

『おやすみ、十和くん』

 この夜だけは確かに何の思惑もなく、ただの俺として接せられたと思う。
 等身大の自分でいられた。

 優しい温もりが、心の空洞を満たしてくれたのだ。

 変なの、と思った。

 これは俺が見せる夢なのに。
 俺が与える感情のはずなのに。



*



「…………」

 手に力が込もり、布団に渦のようなしわが寄った。

 俺が颯真に対して抱いているのは確かに愛情だ。
 でも、もしかしたら────芽依には恋をしていた?

 恋心なんて愛情の紛いものだと思っていたのに。
 ()まない喪失感に、ずき、と心が痛む。

 震える手を見下ろした。

 刃を突き刺した瞬間が忘れられない。
 頭から離れない。

 思い出すと、未だに苦しくなる。
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