スイート×トキシック
それなのに、ふとしたときに芽依の存在が心の隙間に割り込んできた。
そのたび俺は前へ進めなくなる。
『……わたし、十和くんに攫われてよかった』
『────嬉しい』
記憶の中で彼女が笑う。
欺いて、苦しめて、殺したのに。
俺のことが憎くないの……?
(ほんっと、ばか)
頭が痛い。
心が痛い。
まともに息も吸えない。
どうしてなんだろう。
慣れたはずなのに、今さらこんなに動揺して────。
「……!」
ふとドリンクコーナーを見やる。
あ、と小さくこぼれた。
苺ミルクを見つけた。
学校の自販機にあるものと同じだ。
つい手を伸ばし、ぴたりと止まる。
夢は終わった。
今は現実だ。
「…………」
ふっと自嘲気味に笑った。
目の前がゆらりと滲む。
彼女はもういない。
*
ばたん、と玄関のドアを閉めて鍵をかける。
力が抜けて取り落としたコンビニの袋を放ったまま、ふらりと洋室へ向かった。
クローゼットを開けると、服が整然と並んでいる。
縋るようにカーディガンを掴んで握り締めた。
『わたしはどこにも行かないよ。十和くんのそばにいるって約束した』
……ほんとだったのかな。
俺がそれを信じていたら、何かが変わっていた?
『ぜんぶ分かってるのに、どうしようもないくらい好き』
受け入れてくれたのは芽依だけだった。
俺という人間も、人殺しだって事実も、殺意も。
ほんとの意味で芽依に心を開いていたなら。
過去の罪が消えるわけじゃないけれど、何もかもを終わらせられていた?
俺も、自分の“変化”を受け入れることが出来ていたら……。
「芽依……」
颯真のための、自分の愛のための行動を迷うことなんて今までなかったのに。
渦巻く思考や葛藤に飲み込まれていく。
────ほんとに、これでよかったのかな。
「ずるいね。もういないのに……」
もういないのに、惑わしてくる君も。
もういないのに、今さら求めてる俺も。
後悔しても遅い。
残ったのは痛みと思い出と空虚な日々だけ。
後戻りなんて出来ない。
俺はこんなことを繰り返しながら、“愛”のために生きていくしかないのだろう。
*
がちゃ、と監禁部屋を開ける。
怯えた眼差しが俺を捉えた。
「おはよう」
また、甘ったるくて退屈な日々を始める。
俺の愛が本物だと証明するために。
後悔や彼女が見せてくれた可能性を忘れ去るために。
────俺は、間違ってない。
「スイート×トキシック」
アナザーストーリー②『初恋』
【完】