スイート×トキシック
(何だよ、それ……)
感情の整理がつかない。
こんな展開、思ってもみなかった。
彼女が逆に“殺さないで”と懇願したなら、迷わず突き刺せていたと思う。
でも、そうじゃなかった。
何もかもが予想と違っていた。
自身の秘密を打ち明けたことも、それに対して後悔していたことも。
俺の目的に気付いたのに、その上で殺される結末を受け入れたことも。
すっかり調子を狂わされた。
躊躇っている場合じゃないのに、どうして殺せなかったのだろう?
◇
色々考えているうちにいつの間にか一夜明けた。
ぼんやりとした頭を冴えさせるべく、外に出てコンビニへ向かう。
おにぎりとペットボトル入りのお茶を手に取る。
芽依のためにまたこれを買う日が来るとは。
家に戻ると、ビニール袋を提げたまま監禁部屋の鍵とドアを開けた。
床に座り込んでいた芽依がおずおずと立ち上がり、窺うように俺を見つめる。
ほんとなら、今日という日を彼女とふたりで迎えるつもりはなかった。
こうなったのはぜんぶ芽依のせい。
「……あげる」
ふい、とそっぽを向いたまま袋を差し出す。
「めんどくさいからもうここの鍵も閉めないよ」
淡々と言うと袋を受け取った彼女は驚いたように顔を上げた。
「部屋は好きに出入りしてくれていいけど、玄関から出たら殺す。通報しても殺す。分かってるよね?」
こく、と素直に頷く芽依。
でも何か言いたげだった。
“十和くんにわたしが殺せるの?”
口にこそ出さないけれど、そんな心情をストレートにぶつけるような眼差しだ。
「勘違いしないでよ、芽依。きみのことはまだ殺してないだけ」
「……うん。いつでもいいよ」
ふわ、と軽やかに笑う。
強がりでも虚勢でも駆け引きでも何でもなく、本心から出た言葉だと分かる。
「そんなに死にたいの?」
「十和くんの手で終わらせてくれるなら」
「そうしたら罪滅ぼしになるとでも?」
「そんなこと思ってないよ。わたしはただ十和くんのためになることをしたいだけ」
即座に言葉が出なかった。
それは死すらも厭わない盲目的な愛とも言える。
溺れさせて依存させたのは間違いなく俺。
だけど、そこまで想いを深めるなんて。
(あぁ……そっか)
忘れてた。芽依はそういう子だった。
よく言えば一途、悪く言えば執念深い。
思えば颯真に対してもそうだった。
その心が自分に向けられて尚さら実感する。
それと同時に颯真への気持ちも断ち切ったのだと重々分かった。
「ねぇ、わたしどうしたらいいの?」
俺はそう言った芽依の頭を撫でてやる。
気付いたらそうしていた。
愛しいのか憎らしいのか、自分でも感情が理解出来ない。
「何もしないで」
冷たく告げ、踵を返して部屋を出た。
先ほど言った通り、鍵は開けたまま。