スイート×トキシック
(ここから逃げなきゃ。早く……)
募る焦りを必死に宥める。
空になったビニール袋におにぎりの包装を入れ、きゅっと結んでおいた。
ふぅ、と息をつき、意識的に呼吸をする。
そうしないと溺れてしまいそうだった。
────逃げるにしても、まず必要なのは“情報”だ。
わたしは何も知らない。
朝倉くんのことも、この家のことも。
逃げるためにも間取りを知りたいものだけれど、その点はやっぱり彼も警戒している。
だからこそ、この部屋から出るときは目隠しで視界を奪われるし、彼の直接の監視下に置かれる。
わたしの行動出来る範囲はこの部屋の中とお手洗いくらいだ。
だけど、どちらにも逃げ道はない。
「…………」
わたしはドアに耳を押し当て、息を殺した。
目を閉じて聴覚に意識を注ぐ。
……。
…………。
1分以上そうしていたけれど、何の音も聞こえてこなかった。
人の気配はまったくない。
朝倉くんは本当に学校へ行ったようだし、彼の家族もいないみたいだ。
「そういえば」
お手洗いのために部屋を出たときもそうだったけれど、この家は凄く静かだった。
一人暮らしなのか、もともと監禁目的の家なのか。
さすがに前者だと思う。
それほど用意周到にわたしをつけ狙っていたと考えると不気味だし、高校生の彼にそこまでの財力があるとは思えないし。
バイトをしているというような話も聞いたことがない。
この洋室一間を取っても、あのお手洗いを取っても、かなり新しく綺麗なものだった。
わたしを閉じ込めるため、つけ焼き刃的に借りたわけでもないだろう。
彼の使っている空間とは切り離されているために、生活感を感じられないだけで。
一見、飄々とおちゃらけて見えるけれど、監禁に関しては穴がないようとことん手を回している彼のことだ。
自宅とは別に監禁目的の家があったとして、そこへ出入りしているところを目撃される方が危険だと思う。
涼しい顔で登校までしてのけているわけだし、朝倉くんの図太い神経を思えば、ここが彼の自宅だと結論づける方が腑に落ちる。