スイート×トキシック

 思わず窓ガラスに手を添えたとき、背後から声をかけられた。

「あれ、芽依(めい)ちゃん」

 振り向くと、同じクラスの朝倉(あさくら)くんが立っていた。

「帰んないの? あ、もしかして俺を待っててくれたとか?」

 彼はにやりと笑った。
 そんな歯の浮くような台詞も似合ってしまうから不思議だ。

「そんなわけないでしょー。ちょっと休憩してただけだよ」

「なんだ、一緒に帰れるかと思って期待したのに」

 朝倉くんはすねたように言いながら、自販機の方へ歩み寄った。

 何それ、と笑っておく。
 いつも彼はこんな思わせぶりなことばかり言うけれど、どこまで本気か分からない。

(……わたしに対して本気なわけがないだろうけど)

 背が高いものの、笑顔が人懐っこいからか威圧感のない人だ。

 その親しみやすい性格もあって、彼はクラスの人気者だった。

 そんな彼がどうしてわたしに構うのか、正直不思議でならない。

 朝倉くんも女の子からの人気は絶大なのだ。
 整った顔立ちに明るい性格、人目を引かないはずがない。

 そんなことを考えながら、窓の向こうの先生に視線を戻す。

 既に女子生徒の姿はなく、先生が廊下を歩き出したところだった。

 ────先ほどの光景が脳裏(のうり)をちらつく。

 仲睦まじく話していたあの女の子は誰だっけ……。
 出席番号も席も遠く、関わりがないからすぐには思い出せない。

(嫌だな……)

 ずるい。
 先生の笑顔をひとりじめするなんて。

 心の中の曇り空が濃くなり、暗雲が立ち込めていく。
 考えたくないのに、焦るばかりだ。



 がたん、と音がして、はっと意識が現実へと引き戻った。
 そういえば、朝倉くんもいたんだった。

 腰を屈め、自販機の取り出し口を開けている彼を一瞥(いちべつ)しつつ、足元に置いていた鞄を手に取る。
 帰ろう、と肩にかけた。

「芽依ちゃん」

「なに……、わっ」

 振り向きかけた瞬間、頬にひんやりと冷たい感覚が走る。
 思わず首をすくめ、弾かれたように後ずさった。

「へへ、ごめんごめん。これあげる」

 悪戯(いたずら)っぽく笑った彼が、手にしていた苺ミルクを差し出してくれる。
 自販機で買ったばかりだから、目覚めるほど冷えていた。

「え……いいの?」

 淡いピンク色と、楽しげな朝倉くんを見比べる。

「どーぞ。これ好きなんでしょ」

「う、うん。何で知ってるの?」

 戸惑いながら受け取った。
 嬉しいけれど、そんな話をしたことはない。

「人づてに聞いたんだよ。……俺も飲もー」

 朝倉くんは小銭を入れ、ボタンを押した。
 屈んで振り向いた彼が手にしていたのは、同じ苺ミルクだった。

「お揃い。はい、乾杯」

 こつ、とわたしの持つペットボトルと軽く触れ合わせる。
 楽しそうな彼につられて、思わず顔を綻ばせてしまう。

「ありがとう」

 その厚意(こうい)に甘えることにした。
 キャップに手をかけたとき、不意に違和感を覚える。
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