スイート×トキシック

第5話


「悲しいなぁ。まさか芽依ちゃんに裏切られるとは」

 そんな言葉とともに、朝倉くんの温もりが離れていった。

「裏切ったっていうか……!」

 つい振り返って反論しかけたけれど、後に言葉が続かなかった。

 がっ、と(さえぎ)るように勢いよく髪を掴まれたのだ。

「痛……っ」

「この()に及んで言い訳するの? 芽依ちゃん悪い子だねー」

 そのまま強く引っ張られ、半ば引きずられるようにして廊下を進んだ。

 離して欲しくて立ち止まろうとすると、かえって痛みが増すせいで従わざるを得なかった。

「待っ、て。やめて、痛い!」

 彼の手を剥がそうとしてもまったく力が敵わないし、どんな言葉も届かない。

 そのうち元の監禁部屋へ戻ってくると、乱暴に放り投げるような形で解放された。
 どさりと床に倒れ込む。

「う……」

 身体のあちこちをまともに打ちつけた。

 次々と襲ってくる痛みを嘆く間もないまま、馬乗りになった朝倉くんの手が首へ伸びてくる。

「分かってくれたと思ったんだけど、なかなかしつこく反抗的だね。嘘ついたり逃げようとしたり……ほんと悲しいよ」

 (かげ)って光の射さない彼の双眸(そうぼう)を捉えた途端、首元に鋭い痛みが走った。

 つぷ、と既にある傷に爪を刺され、生ぬるい血が流れていく感覚があった。

「!!」

 言葉にならない悲鳴があふれる。

 痛い。嫌だ。怖い。
 誰か助けて。

 無意識に縋ってしまう“誰か”の幻影は、いつだって先生だった。

(先生……)

 頭の中に彼のことが浮かぶと、それをかき消して上書きするように首を圧迫された。

 痛みと苦しさで、それ以外の何かを考える余裕を失う。

 朝倉くんの顔が涙でぼやけて見えなくなる。

 その手からどうにか逃れたくて、必死で掴んでもびくともしない。
 ちゃり、と手錠の鎖が虚しく鳴るだけだった。

「最初から言ってるよね? 俺はただ、芽依ちゃんと幸せに暮らしたいだけ」

 彼の声色は真剣そのもので、苦痛の隙間を割って入ってくる。

「う……、あ」

(息が出来ない)

 耳鳴りがしていた。
 音が遠のいていく。

 涙で何も見えない視野が狭まってきて、押さえつけられた身体は動かなくて、酸素を吸い込みたいのに口を開けても嗚咽(おえつ)が漏れるだけ────。

(……死、ぬ……)
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