スイート×トキシック
袖をまくり上げると、朝倉くんは強く握り締めてきた。
「い、た……っ」
ぎりぎりと力を込められ、割れるような痛みが広がる。
爪が色を失って白くなるほどの強い力で圧迫された。
「痛いよ……。朝倉く……、やめて!」
このまま腕を折られてしまうんじゃないか、と恐ろしい想像に青ざめながら、わたしは振り絞るように言った。
表情も言葉もないままそうしていた朝倉くんだったけれど、ようやくわたしの言葉が届いたのか、ぱっと無言で解放してくれた。
慌てて腕を見やれば、赤く染まっていた。
三日月型に爪の痕まで残っている。
じんじんと痛みや熱が響いていたけれど、折られずに済んだみたいだ。
(何だったの……)
痛いけれど、首を絞められるよりはましだった。
意図が分からず戸惑っていると、おもむろに彼はあのはさみを取り出した。
「……え」
おののくわたしに、にっこりと微笑みかけてくる。
「好きだよ、芽依ちゃん。ずーっと一緒にいたいくらい」
突きつけられた鋭利な刃とはちぐはぐな甘い言葉に、わたしの困惑が増していく。
「……なのに君は逃げ出そうとしたんだよね。このふたりきりのお城から」
手にしたはさみの刃が開かれる。
それと朝倉くんの顔を見比べ、嫌な予感を抱かずにはいられなかった。
*
ぽた、ぽた、と血の滴るはさみを手に、彼はドアの取っ手に手をかけた。
「じゃあ芽依ちゃん、おやすみー」
振り向いてそう告げると、機嫌よく部屋から出ていく。
ぱたん、とドアが閉まり、やっと一人の時間が戻ってきた。
「……っ」
項垂れるようにして床にうずくまっていたわたしは、ぎゅう、と拳を握り締めた。
悲鳴という悲鳴を上げ過ぎて、喉が枯れている。
少し脚を動かせば、床に血の跡が轍のように残った。
────朝倉くんははさみで、わたしの脚に無数の傷を刻んでいったのだ。
どれも重傷と呼ぶには程度が軽いが、滲んだ血が流れて滴るほどには深い。
『逃げようとなんてする悪い脚はいらないよね』
そう言われたから、最初は原型を留めないほどずたずたに切り裂かれるのかと肝を冷やした。
二度と脚が使いものにならなくなるのではないか、と。
そういう意味では、実際に刻まれた傷は浅く済んだ。
ひりひりと空気が染みるように痛むし、しばらく血が止まりそうにないけれど……。
さすがに怯んだか、気が引けたのだと思ったが、きっとそうではない。
わたしが重傷を負えば、病院に行かなきゃいけなくなる。
彼はそれを避けたいだけだ。
(本当に、殺す気はない……?)
でも────。
『あっぶなー。危うく殺しちゃうとこだった』
彼の衝動が理性を超えない保証はない。
感情的になったら、つい殺されるかもしれないんだ。
「…………」
これからも、こんな暴力が続いていくに違いない。
気に食わなければ、少しでも反抗すれば、わたしは苦痛を強いられる羽目になる。
つ、と流れた涙が熱くて、腫れた頬に染みた。
(何でこんな目に遭わなきゃいけないの……)
連れてこられてから何度目か分からない、無意味とも言える問いだった。
この小さく狭い“お城”で、彼に真っ向から抗うことがいかに愚かな選択か、身をもって思い知った。
ここは朝倉くんの独壇場────彼は王様なのだ。