スイート×トキシック
第二章 思惑

第6話


 夜が明けて、日が暮れた。

 コンビニのおにぎりふたつとはいえ、今日は久しぶりにご飯にありつけた。

 わたしの選択は正しかったんだ。

 死ぬほど悔しくて不本意だったけれど、頭を下げて彼を受容(じゅよう)したことで命を繋ぐことが出来た。

 ビニール袋と(から)になったペットボトルの回収に来た十和くんを、わたしは咄嗟に引き止める。

「お風呂、入っちゃ駄目……?」

 そろそろ不快感も限界に近かった。
 傷が染みるだろうが、清潔にしていたい。

「お願い、もう逃げないから! 約束する」

 また“俺が洗ってあげる”なんて牽制(けんせい)されたのではたまらない。
 今回は本当に、純粋にお風呂に入りたいだけだ。

 あんなことがあったのに、再び強行突破で逃げられるなんて考えるはずもない。

 同じことを思ったのか、十和くんはほんのり顔を(ほころ)ばせた。

「……んー、分かった。許してあげる」

「本当?」

 正直、少し意外だった。
 彼なら耐えがたいような交換条件でも呈示(ていじ)してくるかと思った。

「服はどうする? 洗っておこうか?」

 そう言われ、自分の身につけている制服を見下ろした。
 ところどころに滲んだ血が染みている。

 また、お風呂から出た後は着替えたい気持ちもあったけれど、彼になど安心して預けられない。

「い、いい。大丈夫」

「そう? 遠慮しなくていいのにー」

 彼はそう笑いながら、わたしの前に屈んだ。
 ぱちん、と取り出したはさみで結束バンドを断ち切る。

「ついて来て。ちょうど沸いてるし、すぐ入れるよ」

 自分のために沸かしたのだろうけれど、わたしを優先してくれるとは思わなかった。

 十和くんが自己中心的であることはもう重々分かっているから、そのギャップでこういう些細なことすら“優しい”と錯覚してしまいそうになる。

 ご飯にお風呂にお手洗い────そんな当たり前にあるはずの権利を取り上げられた。
 だから、それが叶うだけで彼に恩を感じてしまいそうになるのだ。

 取り上げたのも、それを支配しているのも、ほかならぬ彼自身だというのに。



 何の躊躇(ためら)いもなくドアを開けた彼に戸惑い、立ち上がったわたしは思わず尋ねる。

「目隠しは?」

 それを聞き、十和くんはくすくすと笑った。

「……へぇ、いい子だね」

 満足そうな、どこか嬉しそうな声色だった。

「!」

 それを受けて思い知る。
 いつの間にか、すっかりこの環境に慣れてしまっていた。

 十和くんの押しつけてくる不自由さを、新たな“当たり前”として受け入れかけていた。
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