スイート×トキシック
(大丈夫、焦らなくていい……)
わたしはそんなふうに何度も自分に言い聞かせ、励ました。
十和くんだって完璧なわけじゃないし、出し抜けるはずだ。
絶対、チャンスはある。
焦ってそれを棒に振らないように、今はじっと機会を窺っていよう。
それは、思わぬタイミングで来ることもある。
*
一夜明けた。
十和くんを見送った後、わたしは開かない窓の前に立って考え込んでいた。
────玄関は塞がれていて、外へ出るには鍵が必要だ。
しかし“鍵を奪う”というのは、やっぱり現実味がないような気がする。
(そのための作戦も、何ひとつ思い浮かばないし)
そもそも部屋を出られないことには、考えついても実行に移せない。
「うーん……」
脳裏に苦い記憶が蘇った。
お手洗いに行ったとき、勢い任せに脱出を試みたことだ。
(あのときは失敗しちゃったけど)
それは“知らなかったから”だ。
間取りも、玄関があんなふうにがんじがらめになっていることも。
でも今は、あのときより情報を持っている。
ここから逃げ出すのに、あのやり方自体は正しかったと思う。
わざわざ危険を冒して鍵を手に入れなくても、ドアが開くタイミングを利用すればいい────ということ。
十和くんの監視は実際のところ、だんだん甘くなってきている。
朝はだいたい、勝手に洗顔やお手洗いに行かせてくれるようになった。
その間に彼が朝食を用意してくれる、というのが流れになって。
(もう少し……)
彼が登校して家を空けている間にも、この部屋から自由に出歩くことが出来るようになれば。
「出られるかも。本当に……」
期待と希望の込もった呟きが空に溶けていく。
口にすると一気にリアリティが増して、鼓動が加速した。
ここから抜け出すことは、そう遠い未来じゃないのかもしれない。
玄関やこの窓が固められていても、別の窓は開くかもしれない。
たとえばここが高層階で飛び降りられないとしても、ベランダ伝いに助けを求められるかもしれない。
それが出来なくても、スマホなり固定電話なり通信機器を探すことが出来る。
この部屋から出るだけで、脱出の可能性は大いに高くなるんだ。
(このまま、十和くんの信頼を得られたら────)