スイート×トキシック
一緒にケーキを食べた日から、十和くんはあからさまに変わった気がする。
これまでは笑顔を浮かべたり優しいことを言ったりしていても、いつもどこか隙のなさがあった。
でも、最近は違う。
わたしへの信用度が上がったように感じる。
こんなふうに部屋にものが持ち込まれたり、娯楽を許してくれたり……。
彼の目の届く範囲であれば部屋から出ても怒られないし。
(さすがにネットとかテレビとかは駄目だったけど……)
本を持ってきてくれたときにさりげなく頼んでみたものの、頑なに譲ってくれなかった。
通信機器は通報される危険性があるし、テレビでこの件が報道されているのをわたしが見たら、脱走を企む可能性が高まる。
たぶん、そう考えている。
(でも────)
『俺も早く帰ってくるようにするからさ、我慢して?』
以前までなら怖くて言えなかったわがままだったけれど、今の彼は寛容的だった。
拒むにしても怒ったり手を上げたりすることなく、穏やかな態度を崩さないのだ。
今となってはあんなふうに暴力を振るわれていたことの方が信じられない。
遠い過去か、あるいは悪い夢だったように思える。
(今、何時だろう?)
相変わらず、時計は置かれていない。
日付も時間も分からないこの部屋は、時が止まって現実世界から置き去りにされている。
カーテンから窓を覗き込んだ。
向こう側は見えないが、射し込む光がぼんやりと霞んでいる。
(そろそろ帰ってくるかな)
そんなことを思った矢先、鍵の音がした。
玄関が開いて、十和くんの足音が近づいてくる。
「ただいま、芽依」
「……おかえり」
彼は微笑み、わたしの隣に腰を下ろした。
「あげる」
そう言って差し出されたのは、苺ミルクだった。
学校の自販機に売っているペットボトルのあれだ。
わたしをここへ誘い込んだ、元凶。
図らずも硬直してしまい、顔が強張った。
思わず身構えてしまう。
「……あれ、ごめん。別に意地悪とかそういうつもりはなかったんだけど」
「あ、わ、分かってる」
心臓がどきどきしていた。
嫌な拍動を繰り返し、冷や汗が滲む。
知らないうちに、トラウマになっていたのかもしれない。
それにまた何らかの薬が入っているんじゃないか、と疑ってしまっている。
「……そうだよね。あんなことしといて無神経だった」
わたしの様子を見た十和くんは萎れた声色で言うと、キャップを捻った。
かちっと新品特有の硬い音がする。
何気なくその行動を目で追っていると、彼はそのままペットボトルを呷った。
「わー、やっぱ甘いな」
そう笑って、キャップが開いたままの苺ミルクを差し出してくる。
「ほら、芽依も飲みな?」
新品だということと、何も入っていないということを自ら証明してくれたみたいだ。
おずおずと受け取り、わたしも口をつけた。
確かにいつも通りの、甘くてまろやかな苺ミルクの味がする。