スイート×トキシック

「美味しい?」

「うん」

「よかった」

 何度か交わしたやり取りだけれど、今までになく心が込もっているような気がした。

 十和くんが愛おしむようにわたしの頬を撫でる。
 指先の温もりがほどけるように消えていく。

「…………」

 触れられることに、近い距離に、だんだん慣れ始めている自分がいた。

 抵抗感や嫌悪感はすっかり息を潜めてしまって。
 役割を忘れた防衛本能のせいで、わたしは“正しさ”を見失いかけている。

(十和くんって……悪い人なんだよね?)

 (いびつ)な愛と狂気を持ち合わせた、危険な誘拐犯。

 感情が暴走したら豹変(ひょうへん)して、わたしを徹底的に痛めつける。
 サディスティックなエゴイスト。

(わたし、殺されかけたんだよね……?)

 首を絞められた、あの苦痛は忘れられない。

 ふかふかの布団で眠っても、あたたかいご飯や甘いお菓子を食べても、苺ミルクを飲んでも。

 優しい言葉を囁かれても、柔らかい笑顔を向けられても、(いつく)しむように触れられても。

 都合よく上塗りしたって、すぐに()がれ落ちてくる。
 鮮明に焼きついたあの記憶は油みたいに、日々起こる出来事を弾いてしまう。



(それなのに────)

 あんなに“許せない”と思って恨んでいたはずなのに、憎めなくなってしまった。

 その感情が正しかったはずなのに、今は十和くんの想いに応えられないことが心苦しくて、彼を見ていると胸が痛い。

 報われない恋の辛さを実感しているから、せめてそれ以外では、傷つけたくなくて。

 それでも、いつまでもここに留まること自体が正しいとは思えない。
 ……自分を優先出来るだけ、まだわたしは冷静だ。

(だって、やっぱり間違ってる……よね)

 どんな想いや事情があったとしても、十和くんのしていることはおかしい。
 その感覚を失ったら終わりだ。

 よかった。
 ────まだ、毒は回りきっていない。

(だったら、わたしのやることはひとつだけ)



「ねぇ、十和くん。今日の夜ご飯は?」

「んー? うーん、どうしようかなぁ」

 彼は悩ましそうに宙を見上げた。
 チャンスだ。

「じゃあわたし、パスタがいいな」

 フォークを使う料理がいい。
 パスタなら以前に一度、それで食べた。
 あのときはコンビニで貰ったプラスチック製のものだったけれど。

「パスタ? こないだの?」

「じゃなくて、十和くんの作ったやつ」

 正直なところどっちだっていいけれど、料理好きな彼に出来合いのものを要求するのは気が引けた。
 事実、十和くんの作るものは美味しい。

 ややあって、ふっと彼が笑った。
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