スイート×トキシック

　硬く冷たい金属の感触を指先に感じた。
　それと同時に十和くんがこちらを向く。

　わたしは手にしたフォークを素早く袖(そで)の下に滑り込ませた。
　かちゃ、と手錠とぶつかって甲高い音が鳴ってしまう。

(やば……っ)

　ひやりとした。
　暴れる心臓の音が耳元で聞こえるみたいだ。

　誤魔化すように手首を持ち上げ、鎖の音を立てる。
　そのまま彼の方へ差し出した。

「こ、これ外して」

　袖の中に確かな冷たさを感じながら、なるべく普段通りの調子で言った。
　冷静でいたいのに、呼吸が揺らいでしまう。

　それでも彼は何ら訝(いぶか)しむことなく、ふっと笑った。

「分かった分かった。お腹すいてるんだね」

　幸いにも先ほどの音には気付いていないようだった。
　あるいは聞こえていたものの、手錠の音だと思ったのかもしれない。

　十和くんが挿し込んだ鍵を回すと、輪が開いた。

(怪しまれてないよね？)

　腕に触れるフォークが冷たく肌を突き刺す。
　責めるみたいにわたしの体温を吸収していく。悪いことなんてしていないのに。

　それに急(せ)かされるように口を開いた。

「ねぇ、フォークが1本足りないかも」

「あれ？　……本当だ」

　皿を持ち上げたりしてトレーの上を確かめた十和くんが、不思議そうに首を傾げる。

「何でだろ？　ちゃんと2本持ってきたはずなのになぁ」

　どうにか平静を保ち続けたものの、正直気が気ではなかった。

　本当はぜんぶ気付いていて、わたしをじわじわと追い詰めて楽しんでいるんじゃ……？
　そんな考えが渦巻いていた。

　不安で、怖くてたまらない。
　十和くんなら気付いていてもおかしくない。

「持ってくるね、ちょっと待ってて。あ、それで先食べててもいいよ」

「う、うん。ありがと」



　十和くんが出て行ってドアが閉まると、わたしは思わず深々とため息をついた。

(危なかった)

　張り詰めていた緊張の糸が切れた。

　でも、早鐘(はやがね)を打つ心臓はまだ一向に落ち着かない。
　小さく震える指先を握り締めた。

　背中に冷や汗が滲んでいるのが分かる。
　あまりの緊張感に、息をするだけで寿命が削られていくみたいだった。

(でも、やった……！)

　やり遂げた。手に入れた。
　やっと、目的を果たす端緒(たんしょ)を掴んだ。

　わたしは袖に隠し入れたフォークを取り出し、布団の下に押し込んでおいた。

　足音が近づいてきて、戻ってきた彼が部屋へ入ってくる。
　わたしとテーブルの上を見比べ「あれ」という顔をした。

「お腹すいてたんじゃなかったの？　食べててよかったのに」

「一緒に食べたくて待ってたの」

　強張る頬を持ち上げて笑えば、どこか嬉しそうな笑顔が返ってくる。

「何それ、可愛いなぁ」

　嘘や取り繕った態度には、最初から罪悪感なんて生まれなかった。
　だって、自分の身を守る唯一の手段なのだから。

　床に腰を下ろした十和くんが、柔らかい微笑をたたえたままわたしを見つめる。

　不意にその手がこちらへ伸びてきた。