スイート×トキシック

 指先で右側の髪をすくい上げ、耳にかけてくれる。
 はっとしている間に反対側もそうしてくれた。

「あ、ありがとう……」

 その仕草があまりに優しくて驚いてしまった。

 雪の結晶や小さな花びらに触れるみたいに、慈しむような丁寧さ。

 今になって、少しどきどきしてきた。
 “好き”という言葉の重みが増す。

 十和くんの目にはわたしが、わたしだけが映っているのかもしれない。
 わたしが先生だけを見ていても。



「この時間がずっと続けばいいのに」

 それは単に今この瞬間の話じゃなくて、ふたりきりの時間が、という意味だと思った。

 (しん)に願うような切なげな声色は、いつか終わりが来ることを悟っているようだ。

 本当はとっくに分かっているのかもしれない。
 自分の行動が間違っているということも、誘拐や監禁が犯罪だということも。

「……そうだね」

 気付けばわたしはそう返していた。
 ────そんなわけがないのに。



*



 夕食を食べ始めると、はびこっていた不安感はほとんど薄まった。

 十和くんが実はわたしの思惑に気付いた上で(もてあそ)んでいるんじゃないか、という可能性が()ぎったことすら信じられないほど、何てことのない会話が続く。
 フォークのことなんて話題にも上らなかった。

「今日は学校どうだった?」

 何気なく聞いたつもりだったが、彼ははたと動きを止めた。

「……何? 外のことが気になるの?」

「ち、違う! そういう意味じゃなくて」

 少し低められた声に焦る。
 慌てて首を左右に振った。

 “そういう意味”では確かになかった。
 でも、言葉通りの意味でもなかった。

 明日が休日なのかどうか、探りたかったのだ。

 フォークで解錠して脱出する作戦を実行するのは、出来るだけ早い方がいい。

 ここからさっさと逃げ出したいという気持ちだけじゃなくて、フォークを手元に置いておくのは危険なのだ。

 時間をかけるほど1本足りないことに気付かれてしまうリスクが上がる。
 あるいは不意に見つかってしまうかもしれない。

 でも、明日が休日なら実行出来ない。
 逃げ出すには、十和くんが家を空けることが前提なのだ。
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