スイート×トキシック
「じゃあ何?」
「えっと……ちょっと気になっただけ。十和くんのこと、もっと知りたくて」
「へぇ、俺に興味なんてあるんだ」
彼の声色は冷めていて、どこか嘲るようでもあった。
(何で……?)
ついさっきまであんなに優しい顔をしていたくせに。
焼きついて離れない苦痛や恐怖の記憶も忘れるほど。
心臓がおののくようなリズムを刻んでいた。
何かひとつでも選択を誤れば、命さえ保証されない気がする。
「あ、あるよ。もちろん」
咄嗟に頷いて、必死で頭を働かせた。
どんな言葉を望んでいるの?
どんな態度が正解?
彼は何を求めているの……?
静寂が落ちるたび、痺れるように空気が張り詰める。
「わたし、ずっと部屋にいるでしょ。することがなくて退屈で……だから十和くんの話が聞きたかっただけ。本当にそれだけだよ」
澱みなく言えたのは、緊張が恐怖に昇華したからかもしれない。
怖くても逃げられないところまで追い詰められると、立ち向かっていくしかないから。
「……なんだ、そうだったの?」
ふと十和くんの顔にあたたかみが戻る。
それを見て、思わずほっと息をついた。
一触即発のぴりぴりとした空気が緩み、元通りにほどけていく。
「だったらいくらでも聞かせてあげるよ。外なんて、それこそ退屈でつまんないけどね」
……やっぱり彼の中では、ここでの生活がすべてなんだ。
今後は外のことや学校のことを不用意に口にしないようにしなきゃ。
ただ十和くんの機嫌を損ね、警戒させるだけだ。
「今日はね、英単語の小テストがあったよ」
普段の調子に戻った彼が言った。
「……あ、いつも水曜日にあるやつ?」
「そうそう、10点満点で5点未満が放課後再テストになるやつね。芽依と早く会いたいからさ、居残りになんないように俺めっちゃ頑張った」
へへ、と笑う十和くんは健気で無邪気そのものだった。
先ほどまでとは別人並に大違いだ。
“二面性”ということで納得して、その変貌ぶりには今さら驚かないようにしないと。
今は大型犬みたいに見える。
褒めて欲しくて、耳を後ろに倒して尻尾を振っている感じ。
「そうだったんだ。英語苦手だったっけ?」
「英語っていうか勉強がね。大っ嫌いだよ」
今度はしょぼんと耳が下に垂れた。
わたしは彼の頭に触れて、ふわふわの髪を撫でる。
「そっか、でも頑張ってくれたんだね。ありがとう。わたしのためにって嬉しいよ」
精一杯笑って告げた。
“ありがとう”って魔法の言葉かもしれない。
ここに来てつくづく思う。
大抵のことは、それで誤魔化せるしやり過ごせる。
「当たり前じゃん。芽依と一緒にいるためなら何だってする」
十和くんが笑った。
こんなふうに彼の機嫌だって取り戻せる、便利な言葉だ。
わたしも同じように笑顔を返しつつ、心の内で考えた。
(今日は水曜日か……)
ちょうどいい。
明日が平日なら、作戦を実行出来る。
(────明日)
明日には、ここから逃げ出せるかもしれない。
先生と会えるかもしれない。
そう思うと期待が膨らんでどきどきした。