スイート×トキシック
その興奮をどうにかおさえ込み、平静を装う。
「……そういえば、先生にこの前聞かれたよ。芽依のこと」
どくん、と心臓が一度大きく跳ねる。
思わぬ言葉に驚いて「え?」と聞き返した声は掠れてしまった。
「な、何を?」
「芽依のこと何か知らないか、って。あの日一緒にいたじゃん、俺たち」
十和くんに誘拐された日。
確かにわたしたちは先生と話した。
気付いてくれた。
先生はわたしの失踪の糸口に、気付いてくれていたんだ。
「それで……?」
「知らないって答えたよ。俺と帰ったことはバレてなかったから、ひとりで帰った芽依がその途中で何かに巻き込まれたのかもー、って思ってるみたい」
どうして、と聞き返しそうになって慌てて飲み込んだ。
どうして一緒に帰ったことまでは掴めていないの?
警察もそうなの?
校門前には防犯カメラがあって、十和くんといるわたしが映っているはずなのに。
人通りだってあった。
それなのに、誰の目にも記憶にも留まらなかったというの?
(あ……そっか)
周囲の人が気付く可能性の方が低い。
あのときは誰も、わたしたちのことなんて気にかけもしなかったはずだ。
風景の一部だった。
わたしも同じだ。あの場に誰がいたのかなんて覚えていないし、知らない。
それこそ誘拐の瞬間を目撃でもされない限りは────。
……結局、わたしはここまでどうやって連れてこられたのだろう?
気になることは色々あるものの、彼にはひとつとして聞けない。
「先生、芽依のこと心配してたよ。かなり顔色悪かった」
「本当……?」
こんな形ではあるけれど、先生がわたしを心配してくれているという事実を少なからず嬉しいと思ってしまった。
わたしを気にかけてくれているんだ。
先生の意識の内側に、わたしがいる。
それだけで何だか、ひどい目に遭ったことも痛い思いをしたことも報われたような気がしてくる。
そのためなら耐えられる。
「心配することなんて何にもないのにね?」
十和くんが至極当然のように言ってのけた。
「え……」
「だって俺たち、幸せに暮らしてるじゃん」
とろけるような甘い笑顔を向けられたが、うまく返すことが出来なかった。
さっきみたいに彼の望み通りのわたしを演じればいいのに。
そうするべきだと頭では分かっているのに。
先生の話を聞いてしまったからか、揺られた感情が落ち着かなくて。
頬が強張ってうまく笑えない。
(“幸せ”?)
────そんなふうに思ったこと、わたしは一度もない。