スイート×トキシック

 どく、と心臓が()られて止まったような気がした。

 そこから飛び出した波動(はどう)が全身を駆け巡り、指先に到達すると力が抜けた。
 手の中からスマホが滑り落ちていく。

「……っ」

 息が出来なくなった。
 おののき果て、身体が硬直してしまう。

「芽依」

 背後から、先ほどと同じ優しい声が響いてくる。
 振り向けなかった。

 そこに本物の優しさなんてない。
 隙のない、鋭い視線が突き刺さる。

(いつから……? 何で……)

 激しい心音に血の気が引いていく。
 すっかり忘れていた痛みが蘇って、()えたはずの傷が(うず)いた。

 学校へ行ったんじゃなかったの?
 まさか、ずっと潜んでいたの?

「ねぇ、何してるのって聞いてるんだけど」

 足音が近づいてくる。
 逃げる度胸も気力もなくて、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

「十和、く……っ」

 ぐい、と後ろから髪を引っ張られた。
 衝撃で床に崩れ落ちると、屈み込んだ彼に顎をすくわれる。

「やっぱりね。おかしいと思った」

「何……が」

「おかしいじゃん、急に態度変えてさ。分かりやすく俺に()びてたんでしょ」

 うまくいっていると思っていた。
 順調に目的に近づけている、と。

(そんなこと、全然なかった)

 勘違いだった。過信(かしん)していた。
 騙されていたのは、わたしの方だ。

「気付いてたの……?」

「うん、当然。言ったよね? 俺、芽依のことなら何でも分かるから」

 彼の笑顔が歪む。
 なす(すべ)もなく、わたしはただ見返すことしか出来ない。

「いい加減諦めたら? 君は俺に敵わないんだって」

「じ、じゃあ……十和くんも嘘ついてたの?」

 彼が不思議そうな顔をする。
 自分でもなぜこんなことを聞いたのか分からない。

「嘘?」

「わたしに話してくれたこと、ぜんぶ。わたしを油断させるための嘘だったの?」

 辛い片想いに共感してくれたりとか、切ない笑顔とか、眼差しとか、優しい手とか……。
 つい(すが)るように見つめてから、我に返った。

(……ショック、なの?)

 何に対してショックを受けているんだろう。
 脱出に失敗したことよりも、ずっと動揺している。

「……違うよ。俺はいつでも本気だった」

 ふと、彼から怒りが消えた。

 でもそれは一瞬だけで、次の瞬間にはもっと強く憤っていた。

「裏切ったのは君でしょ」
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