スイート×トキシック
少しでも彼に心を開いた自分が恨めしくてならない。
そんなわたしの心情などお構いなしに、朝倉くんはゆったりと部屋へ踏み込んできた。
距離を詰めてくる彼から後ずさろうとしたものの、拘束のせいでうまくいかない。
囚われたままの両手で自分を庇うようにしながら、精一杯顔を背けた。
「大丈夫、怖がらないで。叫ばないって約束出来る?」
こてん、と彼は首を傾げる。
どうにもその暢気な雰囲気が状況とそぐわない。
恐る恐る見上げていると、そっと傍らに屈み込んできた。
「いい? 言うこと聞かなかったら────」
「……っ」
後ろ手に隠していた何かを突きつけられた。
その鈍い光を反射する物体が何なのか最初は分からなかったが、向けられた切っ先に息を呑む。
(はさ、み?)
それを握る彼の手の向こうに曲線が見え、やっとその正体を掴むことが出来た。
先端がナイフのように鋭く尖っている。
恐らく裁ちばさみだ。
「……っ」
わたしはおののきながら何度も頷いた。
叫ぶどころか、声なんて喉に張りついて出てこない。
「よしよし、いい子」
朝倉くんは満足そうに笑い、わたしの頭を撫でる。
その動作にさえ、びくりと身体が強張ったけれど、彼は気に留めなかった。
わたしの口元に手を伸ばし、ガムテープの端からそっと剥がしていく。
わずかな痛みや痒みが残ってぴりぴりと痺れていた。
「あさくら、くん……」
縋るように絞り出した声は小さく掠れた。
彼はにっこりと笑う。
「もう察しがついてると思うけど、君のことは俺が攫った」
「ど、どうやって……? 何のために────」
帰り道、意識を失ったことは覚えている。
その後、いったいどのようにしてわたしをここまで運んだのだろう。
抱えたりなんかしたらきっと人目につくはずだ。
それ以前に、学校からどのくらい離れているのだろう?
抱えたまま運べるほど近い……?
「これからは、ふたりで楽しく暮らそうね」
朝倉くんがうっとりととろけるような笑顔で言った。
わたしの質問に答える気はないらしい。
ぞく、と恐怖が背筋を這う。
目の前とその先を、立ち込めた黒い靄が覆い隠していく。