スイート×トキシック
先生のことはもう忘れてしまいたい。
なるべく考えないようにしたい。
そうじゃないと、またありもしない希望を信じて、ばかな行動に出てしまいそうで。
もう会えないなら会えないで、そう確定させて欲しい。
わたしは諦めが悪いから、どれだけひどい目に遭っても期待してしまうんだ。
ここから出て助かったとき、先生がもう一度わたしを呼んで笑ってくれることを。
『先生、芽依のこと心配してたよ。かなり顔色悪かったし』
都合がいいのは分かっているけれど。
嘘つきな十和くんのその言葉だけは、本当なのだと信じたい。
*
遠くで鍵とドアの音がした。
あいつが帰ってきた。
(ああ……)
泥棒とかだったらよかったのに。
どんな形であれ、わたしを見つけてくれるなら。
そんな期待は簡単に砕け散った。
近づいてくる足音がいつもと同じだったから。
「ただいま、芽依」
「…………」
ドアの方を振り向くことなく、わたしは彼に背を向けた。
「またずっと床で寝てたの? 身体痛くならない?」
「……そう思うなら布団返して」
「だーめ。ちゃんと反省するまではね」
十和くんの態度は不気味なほど柔らかかった。
今だけではなく、ここのところずっとだ。
わたしが反発的な態度をとっても気を悪くする様子はまったくない。
“お仕置き”が済んだから、しばらくは気分がいいのかもしれない。
単に逃げ出す素振りを見せないからかもしれないけれど。
下手に媚びたり抗ったりせず、ただ大人しくしていることで支配が楽になったのかな。
(何でもいいや。わたしに害がなければ……)
毒にも薬にもならない無為な時間が続くと、投げやりにもなってしまう。
「そうだ。明日休みだからさ、ちょっと付き合って」
「……何に?」
休みだとか関係なく、ずっと彼との異常な生活に付き合っている。
今さら何の断りなのだろう。
「いいからいいから。お楽しみってことで」
ご機嫌な十和くんはにこやかにドアを閉めた。
「…………」
ため息をついてしまう。
いい予感はしないが、特別悪い予感もしない。
(めんどくさいな)
必要以上に構われたくない。
今はただそう思う。
勝手に想われて、騙されて、散々な目に遭った。
もうこれ以上、傷つきたくない。
(ほっといてよ……)
何もしないから、十和くんも何もしないで。
わたしに期待しないで。