スイート×トキシック
(……そうだ、思い出した)
前に逃げ出そうとした夜、駆け込んだ部屋のクローゼットで見たのだ。
どうしてこんなものがあるんだろう、と思ったのに今まですっかり忘れていた。
それどころじゃなくて。
(わたしに着せるためってこと……?)
そんな気がしてきた。
十和くんの趣味というわけでも家族のものというわけでもなく、わたしの着替えとして用意していたのかもしれない。
薄気味悪いが、今は着替えがあって助かった。
わたしは手にした可愛らしいデザインのそれに着替えることにした。
背中のチャックを上げ、胸元のリボンを結ぶ。
鏡がないから自分の様子を確かめられないが、不格好だって別に構わない。
十和くんの前で着飾る必要もないし。
「終わったよ」
彼の言いつけに素直に応じ、ドアの方へ声をかけた。
「じゃあ開けるよ」
そんな声がしたかと思うと、ゆっくりドアが開く。
十和くんはわたしを見るなり目を見張り、動かなくなってしまった。
そんなふうに見つめられると居心地が悪い。
「……期待外れ?」
「ううん、その逆。可愛すぎてびっくりしてる」
沈黙に耐えかねて尋ねると、ストレートに褒められた。
何だかますます居心地が悪くなる。
「思った通り似合うなぁ。芽依のために用意しといたんだよ」
「……そうなの」
やっぱり、と思った。
だからって別に嬉しくもない。
「“付き合って”ってこのことだったの? なら終わったしもういいよね?」
「まーだ。これからだよ」
「え?」
これ以上、何を企んでいるのだろう。
訝しむように眉をひそめると、十和くんはにっこり笑った。
「言ったよね? 君はお人形だって」
手繰らなくても記憶が蘇ってきた。
『君は俺のお人形だから。好きにさせて貰うね』
ここで目覚めた日、そう言われた。
自由の効かない人形、確かにわたしはそんな状態だ。
でも、それ以外のニュアンスも感じる。
「……どうするの?」
「可愛い芽依をもっと可愛くするんだよ」
*
────それから日が傾くまで、わたしは十和くんの着せ替え人形になっていた。
実際には、着せ替えられてはいない。
でもアクセサリーをつけられたり、髪を結われたり編まれたり巻かれたり、まさしく人形になっていた。
用意したのは服だけじゃなかったのだろう。
わたしは彼の気が済むまで大人しく従っていた。
面倒ではあったが、害はなかったからだ。
それに、もう分かっていた。
抵抗してもどうせ敵わないし、そうするほど環境や状況が厳しくなっていくことを。